目指す理由が違っても、目指す場所が同じならば。
　その場所を空けろと、迫る者がいる。
　玉座に限るまでもなく、この世は椅子取りゲームなのだから。

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　モーリスが暫定議会に出席し、帰宅したのは夜半を過ぎた頃だ。
　顔合わせの意味合いが強い集まりだったが、そこは商人の集まり。
　あれだけの顔が揃えば、単なる商談だって始まってしまう。
　モーリス自身は商談に加われるほどの資産はないが、話を聞くだけでもいい経験になる。
　それなりの収穫はあった、と満足しながら彼は家の戸に手を伸ばし————

（……鍵が開いている？）

　施錠は確かにした筈だ。
　物盗りにでも入られたか、と考えて、すぐに別の可能性に思い当たる。
　何かあった時のためにと、合鍵を渡している少女のことだ。
　そちらの方だろうかと戸を開け、彼は家の中に入る。
　すると明かりもつけず、真っ暗な室内から声がした。

「おかえり、モーリス。
　今日はごめんね——少し、状況が変わったと思うんだ」

「……それはいいが、明かりぐらいつけておけ」

　モーリスは少女——アムルイに呆れながら答えて、壁際のランプに手を伸ばす。
　スイッチを捻ると火打ち石が擦れて火花を散らし、柔らかな火が灯る。
　その光に照らされたアムルイの姿は、擦り傷や汚れが目立つ。
　生傷が絶えないのはいつものことだが、汚れを落とす程度の気配りは怠らない相手だ。
　暫定議会に出席せず、ここにいるということから合わせて、本当に何かあって転がり込んだのだろう。

　モーリスは慣れ親しんだ溜息を洩らす。
　アムルイも好きでトラブルを起こしたり、持ち込んでいるわけではない。
　それでも避けられないものや、一人ではどうにもならないものがあるというだけの話。
　そんな時、まず頼られるのが自分だというのも、仕方のないことだろう。
　だからモーリスは、話を促すようにアゴを振った。

「で、何があったんだ？」

「うん——フロックハート商会って、知ってるよね？」

　フロックハート商会。さすがに知らないとは言えない名だ。
　一介の金貸しから身を立てた、ハロルド・フロックハートの興した商会だ。
　貴族に金を貸し付け、その債権を盾に悪どい商売をしていると聞く。
　例えば関税の誤魔化しであったり、禁輸品の取引などだ。
　勢力基盤こそ王都ではないが、王都でも無視できない影響力を持っている。

「知っているが、それがどうかしたのか？」

　そう。あくまでもフロックハート商会は、大きくて悪どいだけの商会だ。
　一揆にも無関係ではないだろうが、こちらと関わりがあるとは思えない。
　あれほど敵が多ければ、暫定議会に引き込むのも論外だろう。
　しかしアムルイは、どこか力のない笑みを浮かべて答える。

「彼らは彼らで動いていた、ってことでさ。
　目指すところが、たぶん同じなんだよね」

「と言うと——王を廃した国か？　いや、しかし……」

　それはフロックハート商会にとって、マイナスではないのか？
　真っ当な商売に限って言えば、フロックハート商会は大したものではない。
　その権勢は弱みを握った貴族という後ろ盾あってのものだ。
　王を廃すとなれば、おそらくは貴族制度も廃止か、それに近い扱いになるだろう。
　それを目指すということは、フロックハート商会は自ら首を絞めるようなものだ。
　彼らが目指すべきは王政の延命であり、貴族制度の存続なのだ。
　ハロルド・フロックハートも、そんなことが分からない男ではない筈だ。
　だがモーリスの考えは、アムルイの言葉で否定される。

「彼らもたぶん、王政は続かないと見てる。
　その時、最大利益を得るために——新しい国造りに、最初から食い込もうとしてる。
　それは私達とは違う、自分だけが幸せになるための野望だよ」

「まさか——」

　言いながら、否定できる要素がないことにモーリスは気付く。
　そうだ。王政が続かなければ、フロックハート商会に今の繁栄はない。
　しかしそれが避けられないのであれば、別の道を模索するしかない。
　そして今、博打ではあるが国造りという商機がある。
　そこに賭けないようでは、商人ではないのだ。

「……じゃあアムルイ、お前がそんなことになってるのも？」

「たぶんね。フロックハート商会の、下っ端みたいなチンピラに絡まれた。
　でもこれ、私だけじゃないと思うんだよ」

「うん？　暫定議会が邪魔になったんじゃないのか？」

　てっきりそういうことかと思ったのだが、違うらしい。
　アムルイが言うには、国造りとまではいかなくとも、今後に影響を及ぼしそうな者が狙われているらしい。
　ただし大半は調査や監視など、穏便な手段に限られている。
　アムルイに手を出して来たのは、暫定議会に気付いているぞ、と伝えるための牽制目的だろう。

「モーリスはこの件を、議会に伝えておいて。
　私はもうしばらく、向こうの出方を探ってみるからさ」

「それはいいが……その、大丈夫か？」

　心配する言葉に、アムルイは一瞬、呆気にとられたように黙り込んだ。
　しかし彼女はすぐに声を上げて笑い、

「変なモーリスだなぁ。荒事なら任せてよ。
　それに私達は、目的のために利用し合う関係でしょ？」

「……そうだな」

　やや憮然としてしまったのは、どうしてだろう。
　アムルイなら心配はいらないと、そう思う程度には信用している。
　それでも心配して、気遣ってしまうようでは、パートナー失格だ。
　
　今夜は酒を飲もう。
　それも、とびっきり強いやつを。
　アムルイを送り出したモーリスは、そうやって思考を打ち切った。

答えを得た。
けれどそれは、きっと始まりでしかなくて。

答えをくれぬものに、挑むために。
答えなんてないものに、抗うために。