さて、何から話そう。

自己紹介。そう自己紹介。

まず俺が元いた世界のことだが。正式な名称は覚えてない。
もしかしたらそもそも知らんかもね。
ただ、あの世界は自分達のことを「帝界」と呼んでいた。

なに、そんなに大層な世界じゃない。
むしろ内実としてはひでーもんだよ。
端から端から崩れる世界を繋ぎ止めるために片端から他の世界を食っていってる結果、
つぎはぎだらけになりながらなんとか形だけは保っている、そんな世界だから。

一日ごとに世界が崩れていく。
いつからそれがあるのかなんて知らんし、いつか止まるのかも知らない。
ただ、とりあえず滅ぶのは御免だってーことで他の世界を食い潰して生き永らえているだけ。

で、見つけた手近な世界を接収するための先遣隊が俺らというわけだ。
どうやって世界を攻め滅ぼして食い尽くして余すことなく吸収すればいいか、
そいつを探ってくるのが役目。

あの世界の強欲な所はそこだよ本当。
単に接ぐ世界だけでなく、その世界の技術とか有効活用できそうなもんはなんでも奪い取ろうとするからな。

で、多分俺自身も、というか鵺丸という人間自体が、そうやって奪われた世界の成れの果てなんだと思ってる。

世界はそりゃもうボロボロで日々崩れていってるもんだからバンバン人もそれに巻き込まれて死ぬわけです。
そもそも規模が大きくないから人間自体が少ないんですね。
他の世界の偵察と、崩壊の調査、日々の生産活動。世界に生まれる人間だけじゃ到底足りない。
そして他世界を移動して調査するだけの知識と技術。それを教え込む時間も足りない。

だから他の世界の人間を使うわけな。世界ごと奪い取った人間を。

さっきも言ったけどあの世界ほんといろんな世界の技術ぶんどりまくってちゃんぽんしてるからそりゃもう謎の技術がですね。
変態に技術を与えた結果がこれだよ。

ええ、つまり、何してるかっていうと人の記憶を消して、
自分達の都合のいいように弄くり回して整えた記憶を入れて、そいつらを送り出してるわけです。

初めからある程度の経験や知識を持ちつつ、
忠実な手足としては都合の悪い部分を全部取っ払った記憶を。
そいつを量産して適当な肉体に突っ込んで、手っ取り早く画一的な兵士を作り上げるってこったな。
ソフトウェアとハードウェアみたいなもんっつったらわかる？
…わかんねーか。
あ、お前こっち見てるの、俺認識してるからね？
返事してないけどお前がこちらを意識してるのはわかるよ。
それがわかっちまうぐらいもう取り返しがつかないんだよ、俺ら。

俺は最早自分の名前がなんだったか覚えてやしないし、どんな世界にいたのかも覚えてない。
なんもない。何もないんだよ俺には。
お前が俺の、鵺丸の記憶を覗いた時そこには何もなかったろ？
当たり前だよ。
俺らにはそういったものが何もないんだから。
全部全部、奪われて改竄されて忘れて失ってしまって、何も残っちゃいない。
まして、全く他人の肉体や同居人の精神なんて尚更わかる訳もない。

ただ、俺がなすべきこと、与えられた役目は、
この世界の法則を体と記憶に刻んで帰ること。
メルンテーゼという世界のデータとサンプルを持ち帰ること。

そのために用意された体と精神を持つ人間に便宜上与えられた名前が「鵺丸」ってこったな。

例えば一揆が終わったとして。
元の世界に戻ったら「鵺丸」はすぐに記憶や
手に入れたエンブリオの能力や世界のシステムやらを抽出されて、
パンダと嬢ちゃんとか、いろんな奴らと会ったこととか。
俺が「鵺丸」って名前だったこととか。
おととい寄った店の飯がうまかったこと。
ふと木の上から見た夜空が綺麗だったこととか。

そういったことは全部リセットされて、忘れて。

最低限度の知識と経験だけを残して記憶を組みなおされて、
次の乗っ取り先の世界を見つけるまではサーバに格納される。

それが当たり前だし、俺も僕も、そうすることに何ら抵抗はなかった。
抵抗するなんて選択肢は、ハナっから組み込まれてないからな。

そうやってきっと、あの世界のために世界を飛び回って、
いつかどっかの世界で野垂れ死ぬか、
或いはどこかの段階でガタがきて処分されるか、
或いはあの世界共々心中しちまうとか。

そんな風に俺は、いなくなるんだと思う。




俺は、やっとそれを、「嫌だ」と思ったんだよ。

エルの持つ魔術書、“大いなる神秘の鍵”が警告を発している！

それは以前、練習相手として戦った筈の相手から発されており、エルは動揺を隠せない。