マァムブの外側、あれを生き物とするのなら、おそらく脇腹のあたり。
角のような羽のような、一本の長い突起がある。
揺らさないよう注意深く飛び乗ると、周囲を見渡しながら落ちないようにそっと、位置を確かめながら角の下側を掌で探った。
このあたりには過去の住人たちの名残である生活道具が、蜘蛛の巣にかかる埃のように引っかかっており、そのなかに使えそうな古い瓶があったのだ。
角を撫でる腕の気配を感じてか、一匹エンブリオが飛び出した。
「わ、」
白い霧を散らしながら飛び回るそれは、二度三度とカカのまわりを回ると柔らかい背中の羽の中に音もなく潜り込む。
「さみしかったですか？」
応えるように僅かに身動ぎする気配を感じて思わず目を細める。最初は育て方もよくわからないままだったけれど、彼の体には生きるための力が身についているようで、ここ最近妙に機嫌の悪いレグルスが出払っているのをいいことに、望むまま過ごさせてやった。湿った場所が好きらしい。まだ小さいからだろうか、危険なほど飛ぶこともないうちに慣れてくれた。
つい昨日”契約”も済ませて、今では小さいながら立派な戦士である。

目の前できらきら白く輝くそれらは、まるで氷の塊のように見えて。
あのとき思わず見とれていたら”彼”がこの子を差し出した。
正直なところあまり彼は好きではなかった。犬のように散歩をしたり、布団に潜り込もうとしたり、それでいて、レグルスをサブリーダーに推薦したのは彼だ。挑発するようなことを言って、今のレグルスならあの場でリーダーと敵対すると言い出しかねないから、随分おそろしい。

それでも、自分に向けられた彼の言葉はなぜか嫌いになれなくて、
思い出すように背中の気配に意識を向える。

「…それじゃあ、アオ、今日は遠くへ飛ぶ練習をしましょう」

驚いた。目を丸くして大きな身体を小刻みに震えるさまを見て、きゅ、と眉尻が上がる。眉間に皺が寄る。
怒りに拳に力が篭るも、具体的に今自分が何か出来る事は思いつかず。

「……わかる。つぎ　たたく　わたし　いう　……とめる」

決意の一言は、どの程度相手に伝わったかはわからない、けれど。
叩かれるのが嫌なのだという事は自分はしっかりと理解した、と一つ頷いた。
あまり長話をしている場合でなかった、と今頃気付いたか、直ぐに、もう行かないと、とばかりにキッチンの方角を指差して、その場を立ち去るものの。

次に。その現場を見たら絶対に止めよう、って。
そんな意思だけを胸に持って。また夕食で、というようにカカへと手を振って、少女はとりあえずは去っていってしまい。

ぼそり、と呟く。
対照的に、魔女はきわめて落ち着き払っていた。
10歳程度の見た目の童女が、軽蔑の色すら含んだ眼差しで相手を見やる。

ふわりと浮き、ぴたりと身体を密着させる。
首輪を指でなぞり、囁いた。

愛しいものを愛でるように、銃に触れる。

そう言うと、鬼はゆっくりと腰にさした刀に手をかけた。戦う意思を見せている。