決まって就寝の前には持ち物を調べられる。だから荷物は持たない事にしていた。
宿を定期的に変える旅暮らしならいいけれど、今は部屋も決まっているので、部屋の隅には埃や抜けた羽が溜まっている。
放っておいたらまた虫が湧いてしまうな。あの眼鏡の彼女に掃除を任せるのも忍びないし。
自分でも掃除できるように、箒を探してきた方がいいかもしれない。
　レグルスの方に目を遣ると、念入りに溜まった埃を足で踏み潰していた。
あんな所に居るのなんてせいぜい虫くらいだと思うけど。
「これは何だ」
　部屋の隅に置いておいた木の実を拾い上げる。答えるよりも先に、床にひとつ落として踏み潰した。
レグルスの象牙色の革靴を、青い果汁が汚していく。
「木の実です。…名前はわかりませんけど、複数の動物が食べてましたから、毒はない…と思います」
　残った実の一つを齧ると、わざとらしく顔をしかめて放り捨てる。
「まじい。食うなよこんなもの」
「すみません」
　そうして今度は別の場所に積み上げておいた籠を持ち上げ、いっせいに逃げ出す甲虫に思わず籠を放り出す。
「なんだよこれ」
「後で食べようと思って…」
「取っておくのはやめろ。他の連中に何を言われるか分かったもんじゃねえ」
　部屋の確認が終わると後は身体検査だ。いつも着けている指ぬき手袋を外し
腕の先の方から念入りに、羽根を掻き分けていく。
　これは正直な所、嫌いじゃない。
「お前が食べ物を備蓄するなんて珍しいじゃねーか。
何があった？ん？」
　特に首輪のあたりは隠しやすいからだろうか、隙間に手を突っ込んで、念入りに調べられる。
思わず目を細めた。気持ちいい。もっと触って欲しい。
「…虫が、少し、減って、きましたから…」
　部屋に物が隠せないとなると、マァムブの空き部屋を利用するか。
庭はイースさんも、グリゴリも居たことがある。
だとすると、未使用の施設を探すのが適当だろう。部屋数は多いんだ、おそらく適当な場所があるはずだ。
「…ふん、じゃあ、お前の分の飯を増やして貰うか…」
　冠羽の流れをなぞるようにして手を放すと、椅子に落としたままの手袋を拾い上げ、レグルスが部屋を後にする。
余韻に浸るように、その場に座り込んで、目を閉じた。

しっぽをふりふり歩きながら、時折横にそれては扉や床のあたりに鼻先を寄せている——。

—巷が収穫祭を迎えた後日・マァムブ通路—

聞き覚えのある声に視線を向ければ、こちらに小走りでリレッタが駆け寄ってくるのが見える。

そこからは世間話やら多少の脱線も混じったが、
簡潔にまとめれば、リレッタ曰く——

……のだとか。

何故かは不明だが、リレッタはどこか上機嫌だ。
多少手間のかかるものを頼んでも、きっと作る努力をするだろう。

見覚えのある金彩色が走ってくる。
成り行きとはいえ闘技大会で共に戦うことになった、『リーダー』である。
どう見ても『リーダー』である。

突然掴み掛かられて、少々ぽかんとしていたものの
何をどう解釈したのか適当に笑って流そうとする。

きゅっと瞑られた目に促されるように、口端をゆがめる。

何年ぶりということはないけれど、と継ぐ。

周囲をゆるやかに見渡す。
それから一つ、首を捻った。

現れたレグルスの姿を、暫くじいっと見つめる。
それからぱたぱたとしっぽを振っては、にこっと表情を明るくした。