何か、怖い目にあっていた気がする。
手に、何か嫌な感覚を覚えている。……熱が、残っている。
それが具体的に何かって言われると困るんだけど。……あれから。そんな漠然とした認識に、どうしてもなってしまう。

それでも私は、持っていたコインを握り締めながら、道を歩く。

これは、確かに、大事なコイン。
手放しちゃいけない、大切なもの。
……でも、このコインって何に使うものなんだろう。

ううん、それ以前に。
いったいここは何処なんだろう。
全然知らない景色、自然ばっかり、遠くに見える村、町？…建物の造り方が私の住んでる世界と全然違う。

通り縋った人は、全然何言ってるかわからないし、……そもそも厳密には人じゃなかったし。

あきらかに異世界に来ちゃった、っていうのはわかるんだけど、それに全然驚いてない私ってどうなんだろ。
ついちょっと前まで普通の女子高生ライフを送ってた、…自分で言うのも何だけど、平凡な日常だったはず。
異世界トラベルを平然と受け入れられるようなタイプじゃないと思うんだけどなー…、意外と図太いのかな、私。


考え事、というよりは自己分析。
そんな間にも、まるで決まりきった道のように、そう、まるで毎日通って体が覚えた通学路みたいに。
私はある場所にたどり着く。

不気味。
そう表現するのが一番しっくりくるような、虫、うーん、蝉かなあ？
そんなものに似た巨大な生き物、建物？その中に足が勝手に進んでいく。
怖い？ううん、それどころか、…なんだか、すごく安心する。
初めて来るはずなのに、道に迷う事もない。

まっすぐに進む。階段を登る。右に曲がる。……

うん、そう、帰ってきた。
とある部屋の扉をあければ、——……間違いない。これは、……私の部屋。





ベッドに寝転がって、天井を見上げて、ぼんやりと考える。

大事に握り締めていたコインをかざす。
表は女の子。裏は、……迷路、かな……。
外国の硬貨にしても、ちょっと見慣れない特殊なデザイン。……間には石が入ってるのかな。ルビーかな。高いのかな？

うん、やっぱり見覚えなんてない。私はこのコインを知らない。
私はこの部屋を知らない。
私はこの建物を知らないし。
……私は、この世界を知らない。

知らないのに、こんな場所来た事もないのに、……でも、でも、わかっちゃう。
このコインは私の持ち物。
この部屋は私の部屋。
この建物は私の住まう場所。
この世界は、私が身を置く場所。

……記憶喪失、ってやつなのかな？
ここにきて、ようやくそんな疑問がわくんだけど、それならこの世界に来る前の事を覚えているのはちょっと不自然。

前世の記憶？
さすがにちょっと漫画の読みすぎだよねそれは……。

うーん、…この部屋にいてもどうしようもないか。
ちょっと探索したほうがいいのかな……誰かに話を聞いたり、とか。

そう、思って部屋を出たなりの事。
早々に出会えたのは、背が高い、とても、とても綺麗な男の人。
顔のつくりがしっかりとして、そしてスッとしていて、まるで美術とかの教科書に出てくる作品みたいで。

『ジュリ…？　＊＊＊＊＊＊　＊＊＊＊＊』

私の名前を……知ってる？
名前を呼んでるのは聞き取れたけど、言葉は通じない。さっきの人と同じで、全然何言っているかわからない。
ぼんやりと相手の声を、言葉らしき、けれど音にしか聞こえない彼の言葉を聞いている。
言葉同士を区切って、聞き取りやすいようにしてくれているのは伝わるんだけど、そもそもその言葉が何を意味しているのかわからない。

『＊＊＊＊＊＊』

……でも。
どうして、ただ、意味のわからない音を聞いているだけなのに、こんなに胸が痛いんだろう。

『＊＊＊　＊＊＊＊＊？』

この人の言っている言葉の意味が、伝わらないのが、辛い。
知りたくて、仕方なかったはずなのに、それなのに、手の届くところにあったはずのものが、それまでに一つ一つ積み重ねていったものが崩されたような、そんな錯覚を覚える。

『……ジュリ？』

もう一度、彼が私の名前を呼ぶ。
優しい響きを聞く。
その瞬間、ぽた、ぽた、と……頬から何かが伝って落ちて。

涙だ、って。……それがわかった瞬間、感情が爆発する。あふれ出す。
あああああああ、ってもう叫ぶみたいな声を出す。突然叫びだす気持ち悪い女って思われたかなあ。やだなあ。すごくやだなあ。
でもダメだ。止められない。
みっともなく泣き喚く。子供みたいに泣きじゃくる。
ぽろぽろ涙を零して、顔をべたべたにして。

「ごめんなさい……！　ごめんなさい！　あなたの言葉　わからないの！！」
「あなたが何を言っているか　すごく　すごく知りたいのに！」
「でもダメなの　聞けないの　わからないの…！」

こんなに泣いても、こんなに叫んでも、きっと私の言葉は相手に伝わらない。
それがわかるから、余計に悲しくて、……泣き喚けば、感情と一緒に身体も暴走する。
両腕を伸ばし、彼にしがみ付く。抱きしめる、なんてとてもじゃないけど言えない、そんな色気もない恰好。本当、恰好悪い。

「ごめんなさい…！　ごめんなさい……！」

伝わらない。わかっていても、バカみたいに、何度も、何度も。
何故、初対面の人、のはずの彼に謝っているのかすらわからずに、なんで泣きついているのかもわからずに。
それでも、私は、ただ、ただ、——謝りながら泣き続けた。

大丈夫だと言いたげな動作をしたいものの
少し動揺している為思うように思考がめぐらない

と、そこで何かに気付いたように壁時計に視線を向ける。
合わせて視線を向ければ間もなく夕刻を迎える時間が近くなっている。

ジュリには解らない言語で何かを慌てたように洩らすと、
パッと椅子を立ち、ジュリにやや早口で喋りかける。

最後に、「お願いね！」と両手を合わせるジェスチャーをすると小走りで厨房、ダイニングから出て行った。

普段のリレッタの家事を見ていれば、とりあえず皿を置くべき場所に置く事は理解できるはずだ。
しかし、リレッタの再訪を待つとすると30分程かかるだろう。

突然の挨拶に少し驚きつつ「なんか用か」と聞こうとするまえに彼女の百面相に気づく。
結局手紙が渡されるまで待ち、手紙を渡されれば内容を読んでいく。

秋月からの紹介なら信用はできるだろう。
それに、礼儀正しく頭を垂れた女学生には好感を持った。

別にいやらしい意味はない。
少ししゃがんで頭を垂れている女学生の肩を叩き、アムズアップをしながら

一単語だがしっかり、はっきりと発音して彼女に聞きやすく答える。
その後、地面にしゃがんで絵を描き始める。

人が二人いて、二人にはフキダシがある。
一人には「はやと」と書かれ、もう一人には「？」と書かれている

絵を指しながら自己紹介をしている。

うさぎ、にんじん、とひとつひとつ指差して
最後に全体を指し示す。

そう言って紙を指差した。

一週間寝てたりとかも当たり前などというそういう時間を持った生き物の閉鎖されたコミュニティ
文化の発展もゆったりとしてしまったのかも
さっき自分が見ていたので見られるがまま。手を上げたり裾をめくったり

慌てたように抱きしめる力を緩める

ちょーっとだけよこしまな波動を感じるぞ

泣きじゃくる樹里の額にくちづけて、頭を撫でる。
少し落ちつくのを待ってから身体を離し、両手で肩を掴み、樹里の顔を覗き込む。

肩を抱き、泣きじゃくる樹里の部屋へと促す。
拒まれなければそのまま部屋へ入って扉を閉めるだろうし、
いやいやをされれば仕方なしに廊下で会話を続けるだろう。

樹里が落ちつくまで、隣に立って、あるいは座って、髪を撫でる。
樹里が縋れば再び胸を貸すだろうし、長い間でもじっと辛抱強く待つだろう。

そうして少し落ちつきが見え始めたころ、ふと表情を硬くして。

そこまで言って、樹里を再び見つめる。促すように。
樹里がもしもストゥーラを見せれば、それをそっと取り上げようとするだろう。
樹里がストゥーラを見せなければその場は諦め、落ちつくまではずっと側に居るだろう。

…

側面が宝石で出来たコインを見た途端、神妙な面持ちになる。
が、すぐにその表情を崩す。少し不自然に微笑んでみせて。

喋りつつ、断面がほぼ平らな切り株の方へ歩いていく。
そして切り株の前に座り。

袋からメルンストゥーラ一式を取り出す。しかしそれは何の力も持たぬ、ただの占い道具。
サイネルはそれを番号順に並べた。

鈴蘭のストゥーラを除いて。

嬉しそうに握手をする。

いくら自分のような小娘相手とはいえやはりこの世界の治安は安心できるとは言えないだろう。

どうやら肉体労働では無く家政婦的なものでもやっているのだろうか？もしくは旅館か？
どちらにせよ……あまりいい環境とは思えない。
それにあのPSの量を考えると何か別の事も……

仲間とは仕事仲間だろうか？途中でやはり言葉が分からない……せめて他に言葉が分かる人が来てくれればいいのだが——

学生という奴か、あまり馴染みある単語ではないが
ともすればこの正装のような雰囲気のある格好は指定の正装と言う事か。

樹里の手帳の中が少し見えたが既にいくつか言葉のやりとりはやっているようだな、
つまり、以前覚えた単語をこちらの文字とあちらの文字と発音などと照らし合わせれば軽い単語やそう言ったモノを紐解く好機になるはずだ。

そう言って手のひらよりやや大きいポケットに入れるならぎりぎり入るかと言うサイズの携帯用の手帳。硬めのカバーにいつくか付箋が貼り付けてあったり頁の門が折られていたりする。
数字の羅列、零から九にいくつかの記号が書かれた暗号のようなものだ。

手帳という言葉を覚えさせるのはどうだろうか、向こうの言葉での名称は解らないが先ずはこちらの名称を伝えればいけるのではないか？

見せてる手帳の全体を指してそう告げてみる。
さ、攻略していこうか。

　少女の韜晦にも似た会話運びに、一朝一夕ではない苦労の連続を感じた。
　帰還の方法が解らない以上、無理矢理にでも馴染むしかないと決意した故の心の決着であろうか。
　塞ぎ込むだけに終わらず、前向きな処には評価を感じるが。——どこか、危うい。

　こっくりさんの呪法を、感覚ながら "怖いもの" と理解していることには安堵しつつ。

　からかうように、だが、瞳の奥に真剣を残したまま述べて。
　続く昔話については、"てれび" とは何じゃったかなと遠い記憶をほじりながら、笑った。

　先程手渡した飴玉の、ビニールの包み袋を取り出し、ぐしゃりと握りしめる。
　そのまま蠢めかせた拳の隙間から、ぱらぱらと、枯れた木葉の屑がこぼれ落ちて。

　何も知らない。だが化け狐は妖怪らしく、深淵を覗きこむかの如く尋ねる。

少女が不可解な現象についてさして気にしていない様子なのに、ほっと胸を撫で下ろし。
もしかしたら彼女の世界では珍しくないのかもしれない。

言ってからふと思う。
言葉の通じない世界で樹里はどこでどうやって暮らしているのだろう？
誰か親切な人に拾われて保護されているのだろうか。
言葉がわからないのをいいことに、悪い人に騙されてやしないだろうか……とふと不安が過ぎり。

だから最初樹の下に立つ彼女がどこか寂しげに見えたのだろうか。
そこまで考えたところで身体が軋む様に鋭く痛み、思わず顔を歪める。

これ以上この場に留まったら、倒れてまた少女に心配を掛けてしまうだろう。
————それだけは避けなければ。

そう言うと少女が何か言葉を発する前に、少年はくるりと背を向けて何処かへと走り去っていった。

＊
＊
＊

それから暫く経ったある日。
樹里がひとりで歩いているところに見覚えのある獣耳と獣しっぽを生やした14歳くらいの少年が声を掛けてきた。

もしもすぐには判別できなくてとまどっていたなら、ふさふさの尾をふぁさりと一振りして少年は説明しただろう。

前より大人びた顔と仕草で樹里ににっこりと微笑む。

（※今回から成長後の容姿になります。
身長は150㎝くらいから160㎝弱程度に）

たどたどしい、言葉。
それを聞いて小さくため息を。


そして、樹里の頭に手を載せる。

小さく、クスリと笑みを漏らして、指先でおでこを突いた。

35

「ぼく」の言葉に頷きながらそんなことを。

急に謝られて困惑する…
何の話か判らないが

とりあえずこれで通じれば良いのだが…
なんとか通じてるようだ…が
”ヨーネーろゆ”
うん、全然判らん…服の名称だろうか…

指を指してる…
きた、きた…駄洒落！？
いやいやいやいや
流石にそれは無いだろう…

指差した方を見ながら…聞いてみる
通じるか判らないが聞いた方が早そうだ…

魔女は、背中のすぐ上に浮かんでいた。

少女の首元に鎌を突きつける。

少女の震える手にナイフを握らせ、自分の首元に突きつけさせた。

どこまで分かっているつもりなのか、独りごちて。

身振りを交えて、朔を斬りつけたときの様子を繰り返す。

どうして？　と言われそうだ、と白夜は思う。
それは今話すことではない、と思い直す。

樹里の赤くなったり青くなったりと慌しい反応は、トガノの興味を刺激するには充分だった。
といっても、それはいわゆる普通の『友達』としてのそれなのかもしれないし、或いは『ペット』に近いそれなのかもしれない。
樹里に対し恋愛のような感情を抱くには、樹里の年齢か、もしくはトガノの精神が幼すぎるのだろうか。

ただただ彼は、相手をからかうような、もしくは馬鹿にするような笑みを浮かべているのだった。
そして、そうこうしているうちに、今度はそこらで聞くような言葉を樹里に並べ立てられ。
一旦は樹里に買ったものを今すぐ食べさせてやろう、という素振りを見せはしたものの…。
樹里の慌てっぷりと勢いには勝てなかったらしく、ある意味、押されるような形で渋々足を動かし始めた。

そして辿り着いたるは女性が喜びそうな品の数々が置かれた小奇麗なお店。
トガノは幾らかの品を手に取ってみるものの、先程同様の関心は示さない。
流石に自分には到底扱えないものとなると、評価や興味度合いも変わってくるのだろうか。

そんな折、トガノは樹里が幾らかのアクセサリーを自分にあてがい、目線をこちらに向けていることに気付く。
恐らくは似合うかどうか、ということを気にしているのだろう。
キラキラと輝く派手なものから、派手さ控え目の落ち着いたものまで様々なものを見ているようだが…。
どちらかというと、樹里には後者の方が似合っているような気がする。
それが彼の抱いた感想だった。

トガノは樹里の手から花の付いた小型の髪飾りをひょいと摘み上げた。
よーく見ると、小型ながら花弁の1枚1枚も丁寧に作られていることが分かる。
花の名前や形すらよく分からない彼でも、その精巧さには思わず頷くほどだった。

そう言うと、トガノは頭やら首やらに身に着けるであろう小物類を幾らか手に取り。
着けてやるよ、という具合に樹里の方へと身体を乗り出した。
……結果、樹里を壁際に追いつめてしまったのだが。
そんなことを気にする素振りは微塵も見せず、トガノは小物を持った手を樹里の頭部へと近付けていく。

同時に、もう片方の腕をつっかえ棒のようにして樹里の傍の壁へと押し付ける。
これは彼なりの配慮なのかもしれないが…その構図は知る者には全く別の意図を生み出しかねず、非常に危なっかしい。

多少慌てたように言う。言葉もあわせているようだが少し怪しい。

小さく、隣の人に聞えるかどうか、といったそんな声。
震える手をぎゅ、と握り締めれば獲物を構え。
不安げな表情を無理やり内へと押し込めれば、顔を上げた。

刃を構えるのをやめれば、はああ、と深く息を吐いた。
自分が無事なことに、仲間にも致命傷がないことに心底安堵をする。

倒れた相手に近寄れば、傷の度合いを知るために声をかけようとして——
問いかけは、途中で止めた。

ふるり。首を横に振る。
そのまま、結局何も言わずにその場を去った。