卯の花腐しとヴァランタンの話からエンブリオ・ジンに興味を持ち、
　　　　彼らの案内で私は未だ踏み入った経験のないエリアへと向かった。


　　　　人に似ながら、人にあらざる存在。

　　　　目に見えず、触れ得ないもの。

　　　　善き者と悪しき者。


　　　　善悪について、私の中にある境界はひどく曖昧なように思えた。
　　　　法や思いやりや正義感、好き嫌いに因って語る口は持っているだろうけれど。
　　　　結局は言葉で切り分けたケーキに過ぎないことを、本能で悟っているのかもしれなかった。

　　　　それでも善悪は知りたいと思う。
　　　　せめて自身や、身近な人々の考える、或いは感じる境界や認識を。

　　　　それは自分が愛する人の悪になりたくない、善の側で居たいからだろうか？
　　　　それとも互いの信仰や差異を知り、人の内にある清濁を受け入れたいのか。
　　　　分からない。その恐れや希望を自ら許容出来るのかさえも。
　　　　誰かを抱きしめたい、本当に好きになるという事は、（インクで塗り潰し、消された跡）でもあった。私にとっては……。

ヴァルはコロに向けてカマドウマを投げ返した。

影はちょっと笑った。愛おしげに、すこし寂しそうに。

何事かを考えるような、
反芻、あるいは暴れる獣を無理やり押さえるような間が空いた。
緑の目があなたをじっと覗き込んだ。

アシェラッドの額にひとつ口付けが落とされた。
白い腕が回されて、若者を引き寄せる。

炎の熱がやがて痛みとなって、その痛みも鈍り、
背の羽がざわざわと散って行っても、
青年は若者の髪に頬を埋めて居ていた。

とても愉快そうな笑い声が響き渡る。