私はニホンで生まれ育った。
お父さんとお母さんは普通の人で、優しくて面白い両親。
周りにたくさんお友達が居て、女の子の友達も、男の子の友達も居た。

小さい頃からずーっと一緒に仲良くしてる間柄の、本当に気心の知れた友達ばっかりだった。
みんなでかけっこして遊んだりもしたし、特に仲のいい子たちと勉強会したりもした。
テストの成績を見せ合って笑ったり、一緒にゲームしたりもした。
女の子友達が告白するのを、皆で応援したこともあった。



あるとき突然、角が生えた。
翼が背中から出てきて、服の背中側を破った。
尻尾が生えてきて、スカートの下から出てきた。

大騒ぎになって、友達がみんな驚いた。
何が起きたのかわからなくて、みんな私から少し距離をとった。
私も何が起きたかわからなくて、必死にそれを隠そうとした。

助けを求めようと、仲のよかった女の子に目を向けた。
その子は何それって聞いてきた。

わかんないよ、そんなの。

近くの男の子が、尖ってて怖いって言った。

わかんないってば。

体のバランスがおかしくなっちゃって、うっかりお尻から転んじゃった。

みんながまた、一歩離れた。

わけがわかんなくて、泣きそうになったら。
突然風が生まれ、私の近くで竜巻が出来た。
周りの皆が走って逃げていった。

本当に混乱しちゃって、私はわんわん泣いた。
泣きながら、必死で這いずるみたいにして家まで帰った。

お母さんがぎょっとした顔で、それでも迎えてくれた。
砂だらけの私の顔と手を濡れたタオルで拭いてくれた。
それが嬉しくて、またわんわん泣いて、部屋に逃げ込んだ。

お父さんが帰ってきて、私の姿を見て驚いた顔をしてた。
それでも大丈夫、きっとなんとかなるって頭を撫でてくれた。
うんうんって頷いて、その日の夜はずっと自分の部屋で泣いてた。


家から出られなくて、ずっと引きこもってた。
それでもお父さんとお母さんは優しくしててくれた。けど。
友達のお父さんやお母さんが、私が危ないって、怖いって言ってたらしい。
それでかくまってるこの家が危ないって。

最初はそんなことないって、お父さんもお母さんも守っててくれた。
どれだけ人に怒られても、そんなこと無いって言っててくれた。

けどちょっとずつ時間が経つにつれて、外の声は大きくなっていった。
お父さんはそれもあってお仕事をやめさせられたみたい。
お母さんもそのせいでまともにお買い物にもいけなくなっちゃったって。
少しずつ、お父さんとお母さんがやつれていくのがわかった。
どうしようもなくて、何も変えられなくて、私はやっぱり泣くしかなかった。



そんなある晩、お父さんとお母さんの話し声が聞こえてきた。
国のえらい機関のところで、新種の動物とかの研究をしてるって。
そこに私を売っちゃおうって、お母さんが言ってた。

お父さんが最初は声を出して怒ってたけど、お母さんが泣きながら怒ったら静かになっちゃった。

それしかない。
あれはユナじゃない。
私たちの娘じゃない。

そんな言葉が、聞こえてきた。



蓮華くんが来てくれるまで、ずっと私は部屋で震えていた。
いつ売られちゃうんだろうって。
いつ知らないところに連れて行かれるんだろうって。
怖くて怖くて、水を飲むのも怖くて吐き出してた。

蓮華くんが来てくれて、私を助けてくれてもずっと怖かった。
この人が私を引き取ったのかもしれないって。
お父さんとお母さんが呼んだ人たちがこの人なのかもって。
尻尾とか耳のアクセサリーをつけて、私を油断させようとしてるのかもしれないって。


けど、着いていくしかなかった。
家になんて、もう帰れないから。
私が出て行くって決めたときの、お父さんとお母さんのほっとした顔が忘れられない。
街を出て行くときに友達たちが私に向けた視線が忘れられない。

私はもう、ここには帰っちゃいけないんだ。

そう、すとんと私の心に収まった。



蓮華くんのことを疑って、怖がってた。
知らないところに手を引いて連れて行かれるたび、本当は泣きそうなくらい怖かった。
笑ってないと何をされるかわからないから、ずっと笑ってた。

それなのに。その話をしたら、蓮華くんは謝ってくれた。
そうやって怖がってた私に気付いてあげられなくてごめんって、謝ってくれた。

違うのに。謝らなきゃいけないのは私なのに。
こんなに優しくしてくれて、ずっと一人ぼっちの私の傍に居てくれたのに、それをずっと疑っていたのは私なのに。


男の子の前で、私は泣いちゃった。
蓮華くんの前で、多分初めて泣いた。
蓮華くんは優しく撫でてくれて、すごく温かくて、安心できた。
けど。


私はもう、帰れない。
帰る場所なんてない。
優しいお父さんもお母さんも居なくて、大好きな古い付き合いの友達も全然居なくて。

メルンテーゼでたくさんお友達が出来たけど、それはぽっかり空いた穴を埋める人たちじゃない。
蓮華くんやいちごちゃんやグラスちゃんたちと一緒に居るけど、それは前々から見知ったお友達じゃない。



お母さんに会いたいよ。
お父さんに会いたいよ。
友達たちと一緒に遊びたいよ。

そういって、シュウスケは腰のベルトに触れる。

ふふん、と、フィリアスは胸をはる。

長身をかがみ込んで自らの耳を触れるようにした。

色白で小柄な少年は、特に動揺するでもなく声を掛けてきた少女をぼんやりとした目で見続ける。

髪を軽く撫でるようにして指先で摘む。

よく見ると、少年の周りには半透明の球体が幾つもふわふわと漂っている。