Melntese冒険日記 十三日目 「神なる鳥の啼くころに」

刻の古今を問わず、洋の東西を問わず。
神々や精霊など、人知を超越する存在の具象として 鳥 が畏敬されるケースは少なくない。

例えば、日本————
三本足の鳥として名高い八咫烏は、神武東征の際に大和への途を標した太陽の化身だとされる。
熊野においては、神使／ミサキ神として、稲荷の狐同様、その地のシンボルにして信仰の対象となっている。

例えば、北方ユーラシア——
アイヌ・ユーカラには「銀のしずく 降る降る まわりに」から始まる有名な一節がある。
信仰厚き清廉な、しかし貧しい子どもを憐れんだ島梟の神が、彼らに恵みを施した顛末を、神自らが謳った神謡である。

例えば、北アメリカ——
サンダーバード、稲妻を齎す畏怖されるべき存在として、先住インディアンの間で信仰されていた。
地域によってワキンヤンタンカ、ティンミウクプクなどと呼ばれる それ は、巨大な鳥の姿をした雷の神霊である。

守り神として、トーテムポールの先端にこの神鳥を描いた彫刻を据える部族も多い。
或いは、トリンギット族はこの神鳥を象った楽器にして神器 トリンギット・ラトル を作ったという謂れもある。

巨大な羽の一枚が動くだけで轟音が雷鳴となり、瞬き一つで稲妻が落ちるという伝説の鳥……。

古来より、その力を我が物にせんとする者共が後を絶たなかった。
武勲詩に描かれるような存在ならともかく、たいていの場合はその力の前に脆くも砕け散っている。
そもそも、この神鳥は守り神である前に、自然現象を自由自在に操る、畏怖される神なのである。

しかし……。

　もしも、その雷の力を自由に出来たなら。
　もしも、自らが雷神の系譜を受け継ぎし者だと信じているなら。

ここ、メルンテーゼは乱世の時代である。
残虐非道たる魔王を斃さんとすべく、サンダーバードの伝承を頼りに険しい山へ足を踏み入れる者は多かった。

そして、その神鳥を追って険しい山々へ入った少女が、ここにもまた一人……。


　　　∽∽

先頭を歩く少女が、傍らの白兎を心配するように声を掛けます。

しかし、いつもの声色とは違い、少し苦しいようで、絞り出すような声です。


少女と白兎は、星屑の山と呼ばれている、要塞のような城の背後に聳え立つ山岳地帯を歩いていた。
一応、麓から山頂へと続く細い途が連なっているが、途と言っても申し訳程度の石畳があるだけで、非常に険しい道程だった。

剥き出しの岩肌、固い土、ところどころに散見される倒木たち……女の子の足では、相当な難所である。

この少女にトレッキングやワンダーフォーゲルのノウハウがあるわけではない。
表情にも声にも出さないが彼女も相当疲弊しているはずだが、その若さがカバーしているような状態だった。

さてそれ以上に困ったのは白兎の方である。
いくら賢く、いくら人語を解すとはいえ、兎は兎である。
しかも、やんごとなき事情により、生物としての本質である四足歩行ではなく二足歩行を強いられている兎である。

慣れない二足歩行に慣れない山登り。
いつもはシニカルな口調で少女を生暖かく見守る余裕を見せるこの兎も、今回ばかりは一杯一杯のようである。


彼女たちが敢えて山岳を歩くことを選んだのには理由がある。
話は遡ること一週間ほど前の話。

山岳にサンダーバードが現れたという情報が一揆参加者界隈を伝った。

……人魚にユニコーンに河童が跋扈する世界である。
この際、メグやアルの常識では『伝説上の魔獣』に分類される生物がいつどこに現れてもおかしくない。
北米伝承に登場するサンダーバードが、何故メルンテーゼに出没したのかという話は隅に置いておくとする。

さて、サンダーバードである。
話を聞くに、伝承に違わず強大な力を持っていると伝えられた。
そしてこの話が伝播すると、腕に自信ありの屈強な男たちや、卓越した能力を持った女たちが、こぞって山岳を目指した。

……実を言うと、二人の周りに予兆が無いわけではなかった。

かつて少女は、トリンギット・ラトルをモチーフに、地球の北アメリカ大陸を座標に据えて、サンダーバードから力を譲り受ける呪文を組んだことがある。
しかし、その光魔法の発動後の効果を見るに、少女たちの想定していたより威力が大きいのではないかという実感があった。

地球とメルンテーゼとの距離——それは単に空間的な距離だけでなく、時空的・時間的な距離も含めて——を考えると、もっと魔力の伝達に苦心してもおかしくなかった。


　〝サンダーバードは近くに居る……！〟


……それが、少女たちの実感だった。

目の前で行われるどこかの魔術の講習会に次第に頭が追いつかなく…

エルの中で何かがはじけた…

頭、正しくは耳を押さえてうずくまりました。

　

アルさんの毛並みを手のひらいっぱいで堪能しながら、二人は恍惚の表情を浮かべています。

リッツェンは冷静に感想を述べましたが、クライネはまるで聞こえていないようです。
しかし首の後ろが弱いと聞くや否や、我に返ったように表情が輝きました。

弱点を迷いなく触りに行くリッツェンを言葉では静止するクライネですが、手はじわじわと首の後ろに伸びていくのでした。

魔法使いの少女が杖を ぎゅっ っと握り締めた。

従者たる白い兎がベストの内ポケットから懐中時計を取り出した。

兎の吐息を掛け声に、少女はすぐさま呪文詠唱を始めた。

少女は振りかざしていた杖を下ろし、一息つきます。