【-雙蝶のわかれ-？？？・とある屋敷の庭園にて】



青白い火の蝶が舞う。

何かを捜す様、薄曇りの空にふわりふわりと翅をはためかせて。
だがそれは、まるで見えぬ壁に阻まれたかの如く、ただただ行きつ戻りつを繰り返すだけで——
やがて光の粒となって幼子の掌の上、細い鎖に通された華奢な指輪へと吸い込まれた。

細い指がそっと蝶を模した螺鈿の指輪を握ると、銀の鎖がしゃらり、と小さな音を立てた。


「……とうさま」


父を呼ぶ心細げな高い声が、枯れた色の増えた庭園へ静かに落ちる。
待てどもそれは、返る事の無い呼び掛け。
静かに伏せられた睫毛が、紫水晶の目に影をつくった。


「——坊、ここにおったのか」


どれだけその場に立ち尽くしていたのだろう。かけられた声に振り向けば、
がさがさと茂みをかき分けながらスーツ姿の巨躯がのそりと現れた。


「おじさ…　オンディ」


“おじさま”と言いかけるも、ハッとしてすぐに言い直す。


『坊、ワシの事は“おじさま”じゃのうて“オンディ”と呼んでくれんかのう。
どんなナリをしちょっても、ワシゃあ生涯現役本塁打王の漢乙女（おとめ）じゃけん』


ワハハと豪快に笑いながら、そうこの母の兄——いや、漢姉（あね）には言われていたからだ。
言われた言葉の意味は殆ど分からなかったが、その方が嬉しいのだな、という事だけは分かった。
このとても大きくて、とても優しい家族の一人が嬉しいのなら、自分も嬉しい。
なので、以来“オンディ”と呼ぶ事にしたのだ。

ひょい、と逞しい腕が小さな体を抱き上げる。


「なんじゃ、すっかり体が冷たくなっちょるぞ。
風邪でも引いたらいかん、早いとこ戻ろうかの。ワシ特製・ラブリー☆ホットチョコを淹れちゃるけん」

「…はい。オンディのラブリー☆ホットチョコ、すき」


言い知れぬ不安を胸の奥に閉じ込めて、温かく分厚い胸元でそう笑えば、
父の色よりは幾分暗めの赤い目が優しく緩む。
そうか、よしマシュマロもおまけじゃわい…と笑い声を響かせながら、そのまま二人は庭園を後にした。


＊


「うおす、ユージン居るか。居るな」


ドアを開ける→本人確認→最後にノック、という出鱈目な訪問に、机の前で書類と睨めっこしていた男——
ユージンが顔を上げた。長めの黒い前髪から、紫の目が呆れた視線を投げかける。
その、視線の先。
長く癖のある青みの強い黒髪を一つに束ねた東方装束の男が、まるで悪びれもせず立っていた。


「……群雲。お前、そのツッコミどころしかねえ登場何とかしろ」


黙っていればノーブルな紳士然とした見た目に反し、その口からは些か荒っぽい言葉が飛び出した。
言いながらも、もはや慣れているのか大して気にした様子は無い。
ユージンは当主である外出中の長兄に代わり目を通していた書類——貿易事業の輸入品目やら、
街での“ファミリー”同士のトラブルに関する陳情書やらetc——を無造作に机に置くと、
いつの間にか丸まっていた背を起こして深々と椅子に座り、改めて訪問者へと向き直る。


「…で、どうだった」

「芳しくねえな」


群雲と呼ばれた男が、こちらも同じくその線の細さにそぐわぬ伝法な口調で返す。


「皆目足取りが掴めねえ。“蝶”の反応も、坊のと同じくまるで返ってこねえしよ——。
犬守の忍と術師が、雁首揃えて情けねえ有様だぜ」


眉根が寄り、切れ長の目がすっと細まる。


「…ったく兄者はよ、どこに雲隠れしちまったんだか…手のかかる首（おびと）だな」

「今の首…忍頭は、お前だろ。しかし、そうか…術師やお前でも駄目だったか——」


俺はあくまで代理の首だ、出来るもんならとっとと返上してえよ——と、
伏火——メルンテーゼでは“巳南”と名乗る忍の弟は、それはもう心底面倒くさげに言い放った。


「…で、な。思ったんだがな、ユージン。兄者は、ひょっとするととんでもねえ遠く…
国や大陸を越えてどころの騒ぎじゃねえ、もっと遠くに居るのかも知れん」

「——それは……　『世界』を越えて、って事か」

「まあ、まだ…もう少し手足を伸ばして調べてみねえ事には何とも言えないがな」

「………」


そう、まだそういう確証は無い。
確証は無いが、ユージンとてそれを考えなかった訳ではなかった。
何故ならば——

　　　
「…連絡どころか、“蝶”も届かねえ。何よりあの男がヨエル…自分の子を放り出したまま
何日も何一つも音沙汰がねえ、なんてのは…それ位の事がない限り、まず考えられねえな」


そういうこった、と群雲が言葉を繋ぐ。


「…何の因果だか、昔から俺ら犬守やあんたら主家の周辺じゃ時々そういう事が起こるらしいからな。
つか実際あいつ…漢乙女もあっただろそういうの。何だったか、黄金の門がどうの」

「あー…ああ、まあな。…“再興の祖”に会ったとか…」


割とトンデモな話ではあれど、あの漢乙女がそんな嘘をつくとは決して思ってはいない。
思ってはいないが、この家で“再興の祖”といえば軽く千数百年は昔の人物である。
ユージンの脳は『漢乙女の無邪気な勘違い』とかそういう類で済ませておきたい、と主張してやまない。


「だろ。——まあともかく、言い切るにはまだ早えが…
可能性としちゃそう低くはねえんじゃねえか、と俺は思うがな」

「……」


肘掛の上で頬杖をつき、あれこれと考え込みだしたユージンへ、そういえば、と不意に声が掛かる。


「今日、坊はどうした。またどっかで蝶飛ばしてんのか」

「ああ、今日は庭園だ。…さっきオンディが迎えに行った。じき、戻るだろ」

「なんだとお前それを早く言えよ居んのかよあの漢乙女。その前に帰るぞ俺はよ」


それを聞いて、紫の目が愉快そうに弧を描く。


「良いじゃねえか、会ってけ。会って親交を深めてけ。“漢乙女”仲間なんだろ」

「ぬかせ、一緒にすんな。何かあいつ、何故か俺を同類項と見てる節があるけどな！
俺は！ただ！美しいだけだ。“漢乙女”とかいう謎生物じゃねえ」


否定しながら、しゃあしゃあと何か言い切った。
『あの性格が、決して大きくは無い体躯を実際以上に大きく見せている』——とは、
現在行方の分からないその兄が言った言葉だったか。
そしてひとしきり笑った後、ユージンは窓の外に目を遣りながら呟いた。


「…ありがとよ。兄貴達への報告は、俺からしとく。
犬守衆は、引き続きあらゆる可能性を考慮しつつ捜索にあたってくれ。
——ヨエルから、父親まで失くさせるなんて事は出来ねえ」

「——御意。全力を以て」


その時ばかりは、先までの軽口は完璧に鳴りを潜めた忍の——
犬守忍が筆頭、“群雲の首”の顔で頭を垂れる。
それでも立ち去る時は、んじゃまたな、と手をひらひらさせていつも通りの調子に戻ってはいたが。

やがて静かになった部屋に、溜め息がひとつ。


「…どこに居るんだか、何やってんだか見当もつかないけどよ。
——何だっていい。無事、帰って来いよ」


ぽつりと零されたそれは、仕える忍に対してのものではなく。
かつて幼い自分と妹が兄の様に慕い、くっついて回った男へと向けた言葉だった。

落ちろ！カトンボ！ 茶々はカトンボの如く、熊にはたき落された！

ンゴ。（Yes.）


すーぱー すとりーと またんご！！！！！！ ファイッ！！！！！！！！！！

話通じてる！？ナンデ！？通じてるナンデ！？
茶々さん踏ん反りがえってるよ…。なんでかよくわからないけど…。

？？？　え？　うん？　なんでそんな、しかめ面（のように、龍貴には見えてる）を？
オオグンタマって増えるの？それ？　困るものなんだ？それ？

忍の口から真顔で『えろえろだいまじん』とは何か？と話題を振られた龍貴。

最初に田中って言ってたよね？！　気のせいじゃなかったよね！！？

　

茶々さんが話す俗語のような類は、私には何が何だか…。


—知ってた。
やっぱりまともな答えじゃなかったって、おかん知ってた。

　　　△　　土　▲
　　（　㊤　皿　㊤）　　がしゃーん
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　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
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