行く当てがあっても乗り気ではない道中というのは、まぁ、とにかく非常に肩が重いもので。
足は進むが、それはいかにも事務的な動きで両足が機械にでもなってしまったのではないか、そんな錯覚を引き起こす。
前進することに、強い意志は必要ない。
むしろ、怠惰と習性が慣性となって、勝手に目的地まで運んでくれる。
そんな益体もないことばかりが頭の片隅に居座って離れない。
あぁ、やはり、私は人と付き合うべきではない。
結論はこの気分と同じで全く動きはしない。原因があるとすれば、私か世界のシステムのどちらかで、それは他者ではない。
こういう面倒にならないように、元の世界ではシステムをねじ伏せたのに、全く私は何をさせられているのか。
「やっぱり、帰ったら文句を言おうかしら…それとも、ジーヴを椅子にして、パンに紅茶を注がせて、リチュエルに仰いでもらうのがいいかしら、ね…」
彼女の仲間が聞いていたら憤慨するか逃げ出しそうな独り言を口にしたところで、目当ての人影が見えた。
三人の女。
一人は金髪の大人びた女性。もう一人は黒髪の少女。そして、少し離れた所で座っている具合の悪そうな女。
リーダー格、というよりはこの面子で一番我が強いのであろう、金髪の女性が鳴子の姿を見て声を掛けた。
「こっちだ、待っていたよ」
呼ばれたからには例え面倒でも返事をしなければいけない。それがこれから付き合う人同士の、ひいては人間のルールだ。
「待たせてしまったの、かしら」
「いや、気にすることはない。私の名前はバルシェ、バルシェ・メルバーナだ。よろしく」
そう言って、手を差し出してくる。握手を求められているらしいが、そこまで親しくする気にはなれない。
「悪いのだけれど…」
そう一言断ると、バルシェはあぁ、と合点したように手を納めた。
「すまない。癖みたいなものでね、気を悪くしないで欲しい」
「いいのよ。ただ、私は頼まれたからここにきて、頼まれた仕事を片付けに来た。それだけ、ただそれだけよ。私の仕事と直接の関係がなければ、他に何もする気はない、わ」
穏やかに、しかし、きっぱりと言い放つ。棘があるというよりは、愛想の無い物言いだった。
それを聞いたバルシェは少し残念そうにしたが、すぐに頷いた。
「当然だ。今出会ったばかりの私達にはお互い何も要求することは出来ない…一つの目的に対し、それを達成させるということ以外は」
一つの目的、それがこの馬鹿げた一揆軍の進行なのか、それともバルシェの裡にある何かなのかは、鳴子には判断が付かなかった。
「（両方かしら…）…自己紹介が遅れてしまって、ごめんなさいね。私は鳴子、呼び捨てで構わないわ」
「あぁ、よろしく鳴子。私の隣にいるのがセルシア。これから先の道を案内してくれる人物だ。それと、向こうで休憩しているのが、私の部下のルシウスなんだが…ちょっと調子が悪くてね。大丈夫。いざという時には十分役に立つ、腕は確かだ。私が保証する」
黒髪の少女、セルシアは鳴子に威圧されることなく「よろしく！」と張りの良い声。
鳴子は適当に返事をし、ちらりと、向こう側の女、ルシウスを見た。
（調子が悪い…ね）
顔ははっきりと見えないが肩で息を付くその姿は全速力で走ってきた人間のそれに似る。
そう、何かから全力で逃げて憔悴しきっている。これはそういう様子だ。
何から逃げたのか、何を背負っていたのか、そんなことは鳴子の知ったことではないし、興味はない。
だが、自分の部下であるルシウスがこのような状態にも関わらず、バリシェが”役に立つ”とその、一切の情を切り離した評価を出来ることに鳴子は感嘆した。
信頼による言葉、そうかもしれない。
しかし、鳴子はその言葉に「どんな状況であろうと私の力で役に立たせてみせる」というバルシェの気迫を感じ取っていた。
自惚れや、他者を道具にしようとする強要でもない。
それは一種の覚悟。
事象を切り拓く力であり、無傷ではいられない性質のものだ。
彼女自身、理解しているのだろう。
（だけれど、彼女達の物語は、私の役には立ちそうにないわね—…）
物語の開花には膨大なエネルギーが発生する。
それを利用して自らを特異点へと変換することを目的とする鳴子にとって、この調整不可能な意志の力は利用できないだろう。
（ま、面白いものが見れるかもしれないし…悪くはないわ、ね）
「では、行こう」
烏合の衆にしては奇妙でアンバランスな一行は、それぞれの目的のために、歩を進める。