料理が上手くなりたかった。きっかけは「もっと笑顔を見たかったから」
シェリィさんとの会話の中で、昔の話、とさらっと言葉がでてきたけれど
あのとき一瞬過った笑顔は誰のものであったか…。

首飾りに刻まれた文字を指でなぞる。
何度も不思議な夢を見てから、なんだか怖くてしばらく考えないようにしていた、過去。


読めない文字から空っぽの記憶を穿り返すことが本当に正しいことであるのかって


──…トーヤ

無意識に口からこぼれた名前に驚いてビクリと心臓が跳ねた。

あの、夢の中で旅をした青年の名前を呟いていた。
じわりと懐かしさが胸に広がるのを感じる
はじめて口にする名前のはずだ………はじめて？
…違う、と思う。
私は呼んだことがある。何度も。

確信に近い感覚があった。
胸騒ぎのような違和感…ひっかかりを確かめるように

──…トー、ヤ

もう一度、口に出してみる
何かを手繰り寄せるような
綻びを解くような感覚で、無心に繰り返す


──……トーヤ……トーヤ…


心臓が、身体中の血液が暴れまわってるみたいに
鼓動が早くなる

夢で見た映像が脳裏に再生される

──…トー、ヤ………トーヤ…

どこかで


──……トぉヤ

伸ばされた、伸ばした手が


…あぁ、

──…トぉ………や

あの、紅い光、


──…っ…ぁ

一瞬前まで
そこにあった──


──…






わかった

………

尋常ではない雰囲気に、様子を伺いにきたオルヴァが息をのむ。

シアは、涙がこぼれていることにまるで気づいていないようなそぶりで
途方にくれたような表情で傍らの天使を見上げた。

「わたしね」

「たいせつなひと、を………まもれなかったんだよ」