食事の支度は、嫌いではない。むしろやはり好きだ、と言ってもいい。そう、最近実感している。
　昔の昔のさらに昔も好きだったのだろう。献立を考えること、段取りをつけること、必要なものと、必要というほどでもないけれど、あるとそれは嬉しいもの。食べてもらう時の一瞬や、食べる時の会話。
　ここに来て、繰り返すようになってから、思い出したことのひとつだ。
　だから、自発的にこんな行動もするようになった。

「ん？　お弁当？」
「はい。僕ら2人が同じ班になったので、2班の方にどうかな、と」

　野営のあと、普段は2班での食事を担当している、音使いの少女にそう持ちかけた。
　最初に決めた班決めで固定しつつあったが、今日になってはじめて、班の構成が変わったのだ。
　各自、興味のあるエンブリオなどの目的を話し合い、纏めた結果、今日は大分離れた場所での別行動になった。
　自力で調達する、或いは他人の分までどうにか出来る者も居るが、あらかじめ支度しておけるならそれにこしたことはない。
　すぐに納得したようで、少女は軽く頷き、そこで考え込むそぶりを見せた。

「でも何作ろう……？」
「２班の方の好みは、フィーさんが把握してるのでは？」
「まぁそれはそうだけど」

　考える、というより、まさに『悩んでいる』様子を見て、おや、と思う。
　とはいえ、好物の把握と栄養学は、話が違う。普段の調理の様子を見るに、思いついてからてきぱきと作る方なのだろう。
　良い助言も思いつかず、ひとまず自分の把握している二人の好みを考えながら、材料を手に取る。これを軸に、ほか二人の好みや食べる量を想定して作っていけば何とかなるだろう。
　あるいは、自分が作っている間に、少女の方が何かをひらめくかもしれない。物事はまず行動ありきだ。

　外せないのはじゃがいも。栄養があり、約一名（もしかすると二名）の好物だとわかっている。それに、弁当との相性が良い。
　頭の中でいくつかメニューを組み立てて、用意された水で材料を洗い、皮むきをする。
　手伝って貰おうかと少女の方を見たが、なにやらころころと表情を変えたり、うんうん頷いたりと、忙しそうだった。
　自分は無心に作業しているほうが考えやすいが、そうでない人も多い。
　不思議には思ったものの、そのまま作業を続けると、少女の声がぼそりと届いた。

「豆腐ハンバーグ……」

　思いついたらしい。

「ヘルシーでいいんじゃないですか？　レイさん……というか、女性陣が喜びそうですね」

　思った通りに言ってから、手は止めず、心の中でうんうんと頷く。
　件の女性は、比較的好き嫌いのないほうというか、好き嫌いを叱る側だったと記憶している。
　一方で、丁寧に調理されたものは、割と何でも美味しく食べてくれていた気がする。味も勿論だが、調理にかけた手間隙の部分を汲み取ってくれるタイプだった、ような。しっかり見ていない悪い癖で、断定は出来ないが。

「……そうか、大豆って畑の肉だしね……」
「？　フィーさん？」

　何か今、メニューが決まった喜び、以外の——
　剣呑な気配がした、ような——？

「ラザラス、豆腐を肉みたいに見せるには色紅とか使うべき？」
「…………フィーさん？」
「でも色紅つけすぎると赤すぎるよね！」
「そっちですか」

　満面の笑み。ということになるのだろうか。
　なるほど。『悪戯の』アイディアが沸いて、これほど活き活きとなっていたわけだ。

「質問の意図を判りたくありませんが。別に何も入れなくても、ハンバーグ色にはなると思いますよ」
「それじゃあ押しが足りないっていうか……もっとこう『肉！』オーラが漂うように」
「しないで下さい」
「料理は目で食べるって、ラザラス前に言ってなかったっけ」
「落胆させる為ではありません。とりあえず食紅なんか入れたら、まずもって目の暴力になります」
「じゃあ、トマト」
「ヘルシーさはともかく、味付けとして別物です」

　スケルトンと相対するより辛抱強く、徹底的に否定する。
　彼女と、狼を友に持つ青年のじゃれあいはいつものことだ。それ自体はいつものことだが、今回の食事は己のテリトリーでもある。そして、悪戯の後にリカバリが出来ない。断固として認めてはならない。

「いつもはスルーなのに、今日は全否定だね？」
「連帯責任はごめん被ります。止められなかった、などというのは、言い訳になりません」

　食紅から続く一連の発言の衝撃に、4秒とはいえ皮むきの手を止めてしまった。不覚にも程がある。
　内心で忸怩たるものを抱いていると、ふむ、と目を閉じる少女に、即座に嫌な予感を覚える。

「豆腐には醤油かけるよね？」
「下ごしらえには、普通に使用しますね」
「それじゃダメか」
「通常の献立を全否定しないで下さい」
「それタマネギ？　みじん切り？」
「はい。……幸い、とても美味しい豆腐ハンバーグのレシピを知っていますから、それで作りましょう」

　そういえば学園に居た頃、こうしたかたちの悪戯を好む生徒も、居たような。居なかったような。
　あの頃はまだ周囲との関わり方が薄かったが、今になって体験出来るとは思わなかった。

「それじゃあ……」
「とても。美味しい。豆腐ハンバーグのレシピを。知っていますから」

　タマネギを斬るのに合わせて、言葉を区切る。

　かの青年には申し訳ないと思いつつ、早めの再合流を心から望んだ。色々な意味で。


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今回の日記は、PTMのミルフィア・シュトラーゼさん（1352）とリンクさせて頂きました！

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