愛しいものの多さについて彼女は考える。父と呼び戯れる男と手を繋いだ時のひやりとした滑らかさと安堵や、窓の向こう、硝子越しに触れるもうひとりの娘の燃える視線が己の肌を舐めてゆく陶酔や。或は、彼女の暮らした家々の薄く蝋の張られた木の床、彼女のために設えられたような静かで時の止まったような温室、それから真昼の太陽と突き抜ける青空に揺れる黒の花々。そうした幸いなるものを捜すのは彼女は決して苦手ではなかった、野に咲く花を詰んで素朴な花束とするように。タカージュドールを出て以来、その愛しさは美しさの成分を多分に変えて彼女の喉元を滑り落ちている。タカージュドールの愛しさは、この世界には存在することは難しく、見つけることもまた。あの時、白の花ばかりを捜して摘んでいた指は、今や紫、黄、桃といったいくつもの色を束ねることを知る。それを愛しいと思えるようになったことは、恐らくこの数年の中で彼女の中に起きた、数少なく、そして最も貴い変化のひとつだろう。

花を贈ることは彼女の世界ではごくごくありふれた光景だった。街には辻ごとに幾つもの花商いがあり、また昼も夜も花売りはどこの視界にも佇んでいた。彼女の腕も、勿論いくつもの花に埋め尽くされ、また美しく整った指は、また他の鳥の胸元に色を添える。脈打つ心臓の上にも、冷たくなった朽ちる寸前のデコルテも、彼女の指先は常に、同じように。その行為は時折、庭のなかにあって彼女の父に同じように繰り返される、彼女の役割のひとつとなった男の身繕いの一環の中で。その花の色はここにしかない闇に染められており、またその色を男が認識することはなかったにせよ。

それでも贈り物はいつだって素晴らしい。燃える様な夕陽のように、彼女の骨のかたちほどに。
世の時流が王政打破に傾き、革命者たちを扇動する女に彼女はことさらの愛着を持つことは、持てることはなかったけれども、３人で幾ばくかのパワーストーンを幾重にも布に包んで細紐で包む戯れや、どれくらいの、あるいは何を、その包みの中にしたためるかといったことを、暗闇の淵で額をつきあわせる楽しみは彼女の中にはいつもひっそりと佇んでいた。かつての世界で似合いの花や、様々な世の色や、極楽鳥の羽合わせを手繰り寄せていたときのように。錦の上に添う花を詰むことは、あの世界で彼女が祈り、そうして今も最も強く願っていることの一つである。錦には花が添えられていなければならない。
その強い意識だけが彼女の腕の中に、今も紅の花を注ぎ込み、金と甘い香りの中に彼女を佇ませる。

美しいと思える。美しいと思えるものが彼女は好きだ。それが彼女にとっての、愛しさのこたえだから。

その視線の先にはこれまで通り多くの部屋がずらりと並んでいるだけだった。
消えゆく波紋（おと）の中に、幽かに木蓮の香りが混じった。