熱気が鼻をくすぐる。花びらが灼けて空を流れる。吸い込んだ空気が喉を焦がして、咳き込みながら少し笑った。尋常の熱気ではなかった。天魔が振るう力能にしばしば見られるあの驕りながらどこか華やかな害意があった。魔神べルフィ。見目は幼い。だが天涯さえ焼き払おうと燃え盛るその威力は臆断を容れる隙を持たない。

有史に注ぐ神話の大河を語ってみせるその言葉がついに真実である確証はなかった。だが嘘をつく意味もなかった。終末を招くものの起源 end bringer's originと彼女に呼び表されたエンブリオの理路に私の左手の天使がかすかな身じろぎで応えた。なにかの啓示であるのかも知れなかった。けれどあいも変わらずその表そうとしている意志も意図も知れなかった。終末 fin を配達する livrer ことも目的 fin を明らかにする se livrer こともできないまま、それはたしかに欲望にも愛にも欠けていた、そこにある契約は強制ではなかった。私とエンブリオがネクターを媒介にそれぞれで選びとった……

いや、と、告げる声がある。胸の奥で。エンブリオは選びとってなどいないと。それはネクターによって統御され、枷を打たれ、翼を奪われ、欲と愛を鎖されたずたずたの魂なのだと。非本来的で、抑圧され、変容させられ、損ねられた、紅色の花びらに堰き止められた川。それがエンブリオなのだと。

焔が燃え盛る。私を灼こうとする。全てまとめて灰になるが良い、とベルフィが叫ぶ。灰。母のように？　私は失笑する。まだ何も旧びてはいない。すくい上げられないものはひとつもない。過去になり切らない亡霊のような回帰を私は追い続けてきた。その私を灰に送れるはずがなかった。

二律は背反していた、世界内の抑圧されてきた住民を守るのならネクターによる統御を奪還し、エンブリオの疎外を始めねばならなかった。世界内で抑圧され続けてきたエンブリオを救うのなら、ネクターを今や灼き尽くさねばならなかった。どちらを選ぼうと手にかけるものがあり、自らが行使者となる暴力があった。

（もしも私がネクターを廃棄しエンブリオを解放すると言ったら）

笑いが我知らず深まっていた。熱気は渦巻きながら咆哮していた、心臓がひどく寒々しかった。

（フィガロはどんな顔をするだろうな）

そうしてヤールはどちらの味方をするのだろう。……


銃を持ち上げた。何を選ぶにせよ、世界の破壊は食い止めるべきものだった。全身に巣食うエンブリオがぞろりと蠢き、臨戦に至って、それぞれのすみかに牙をたてた。痛みと焔は生きながら処される火刑を思わせた。オリフェンドールが灼かれた刑罰の火を。灼かれても構わなかった。戦わねばならなかった。革命者は世界の支配と戦い、世界の爆破と戦う。そのあとにどれだけの地獄が待ち受けているにせよ。

オルガの問いに僅かに溜息を吐き