その石は、触れればひやりと冷たく心地よかった。
月と星の光を受けて鈍く光るその石は、アールの手からチセの手の中におさまり、チセは握りこむようにその表面を指でなぞった。

「私、そんなに悲しそうな顔してました…？」

気を遣わせてしまった、とチセは申し訳なくなった。
出会ってからほんの僅かな間しかアールと一緒にいないが、アールの性格はとてもわかりやすかった。
自分なら、誰かが落ち込んだり、悲しんでいたりするならば深く立ち入らずに見守るだろう。
けれど、この男はそういう男ではない。
何とかしてやりたいと、ずっと思っていてくれたのだろう、チセは大丈夫だと言うように笑って見せた。

「ありがとうございます、大切にします。
　でも、アールさんお金も持っていないのにどうしたんですか？」

まさかさすがに盗んではいないだろうと思うが、とチセは首を傾げた。



これからも、一緒に旅を、と言われれば、チセは少しだけ間をおいて小さく頷いた。
シピリカがデリフィーンから預かってきた手紙の内容が頭を過る。
一緒に旅をするなら、同じ年頃の女の子がいいね、そう書かれた手紙を読んで、チセは青くなった。
幸いにも、アールは綺麗な顔立ちをしているから、お姉さまに会ったときには女装でもさせるしかない、という風には思ってはいる。
デリフィーンは、幸いにもアールよりも身長が高い。

「やっぱり、私も一人じゃ心細いですし…。」

言いながら浮かぶのは、やはりリンテントポーゼの人々の姿だった。
私が戦えたら、一緒に連れて行ってもらえたのだろうかと思う。
祖父の仕事も満足に引き継げず、満足に戦う事もできず、宙に浮かんでいる今の自分が情けなく、チセは手の中の石を握りこんだ。



「赤い大地———…」

普段見せないようなアールの重々しい雰囲気に、チセは眉を寄せた。
アールがこんな表情を見せたのは初めてで、少々の戸惑いを覚えながら、口を開いた。

「赤色谷の事じゃないかと、思うのですけど…。
　どうして、そこに行かないといけないんですか？」

ネクターの赤い花々に彩られ、深い谷が赤く染まる土地。
以前、夕暮れに祖父と訪れたときには、夕陽に花に彩られていない地面や岩盤までもが茜色に染め上げられ、あまりの美しさに声を失い立ち尽くした事を覚えている。
そこであった小さな出会い。
赤の中に浮かんだ小さな白は、不思議な存在感を持って幼い女の子の心を奪った。

アールは、理由を言ってくれるだろうか。
チセは、月明かりに照らされるアールの顔を見つめた。





祖父の友人は、元気にしているだろうか。
近しい人々の事を、頻回に思い出していたせいだろう。

早く会いたい、と強く思った。




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この日記は、ENo.612アールさんの全開の日記と連動しています。

　少女から声をかけられ、一寸うろたえる。
　少年にも明確な理由は無いが　反射的に、先ほどまでアールに向けていたナイフを隠した。

少年は、そこまで言うと不意にへたり込んだ。
…。何故だかかっこつけてしまったが、実際は目の回るほどおなかがすいていた。

ふらりとチセの目の前に現れたのは、先日少女のPTMを次々と雷でなぎ倒した南国の少女。柔らかく微笑む少女に敵意はなく、けれど少しバツが悪そうに話を続けた。

深くお詫びの礼をする。

そう言って、少女は手提げから来る闘技大会のビラを手渡す。

微笑みながら、少女はチセの返答を待った。

チセは不満そうだ。

敵に遭遇して臨戦態勢を取るアールとチセの前に、突然二人の女（？）が現れた。

そう言ってブランジェリーンと名乗る女は、モンスターに向かって魔力の宿る薄刃を構えた。
——どことなく見覚えのある武器のような気もするが、きっと気のせいだろう…。

　

/n0/笑顔を浮かべてはいるが、どこか寂しそうにチセは言った。

少女はソワソワしている。