姿を見る瞳も、声を聞く耳も、何かに触れる手も。
何もかもがない状況になって、時間の感覚すらなくなって。

でも、こうなって、わかる。
私は、元は、こういう存在だった。

誰かに触れあったりするものではなかった。
会話をするものでもなかった。

何、でもない、存在するべきではない、全てのもののなりそこない。
生き物にもなれなくて。
エンブリオにもなれなかった、
誰にも契約すらしてもらえなかった、何でもないもの。

たしかに、仮面が言ったように異物は私だったんだろうな、って…
こうなってからはじめてわかる。

だからきっと、この闇の中でこのまま溶けてゆっくりと消えていくのだと思う。
こうやって考える事、思う事もなくなっていくんだろう。

結局最後の最後まで、なんで私が、私になりえたのか、あの身体で、あんな風な偽りの記憶を持てたのかはわからなくて。

でも、誰がくれたものかはわからないけれど、本当に短い一時だったけれど。
理由はわからないけど。
私にとっては理不尽そのものの一時だったけれど。
怖い思いも痛い思いだってたくさんしたし、傷ついたりもしたけれど。

たくさんのものを見れた。
いろんなものに触れて、いろんなものを知って。

たくさんの、人とお話が出来たから。
好きだと思える人も、出来たから。

だから、うん、これはきっと、できそこないの私への神様のプレゼントだ。
ほんのひととき、すてきな夢を見られたのだから。

だから、もう、あとは何でもないものに戻っていくけれど。
この思いだけを抱いて、あとは流れに身を委ねよう。

助けてほしいなんてもう思わないから。

私は幸せだった。
知らないうちに人を傷つけたり、殺めたり。
そんな非道徳で、許されない事をして、それでも、この世にある事が出来た。

だから。誰が罵ろうとも、誰が咎めようとも、いつかあの身は裁かれようとも。



私は、きっと、幸せだったんだ。








せめて。


私のそばにいた、もう名前も思い出せない、大切な人たちへ。

どうか、…………どうか、幸せに。

傷ついても、辛くても。
生きているという幸せを、最後まで、かみしめてください。