おまえたちがアルームと名付けたこの土地は、紛れもなくわたしの土地だった。
ネクターの花の他には何もなかった不毛の地に、風を呼び、岩を削り、山を震わせ水を湧かせた。
おまえたちは喜んでわたしの土地に根を下ろした。
おまえたちの連れて来た家畜は、植物は、果実は、わたしの土地によく育った。

わたしの土地アルームで、おまえたちはわたしの言葉を辿り、祈り、それらを歌に織り上げた。
おまえたちは奇跡を求める。わたしは望まれた奇跡をおまえたちに与える。
わたしの土地アルームは、花と祈りとわたしの言葉に満ちていた。

そこは穏やかだったろう。温かかったろう。優しくあったろう。
わたしは孕むことができる。おまえたちの祈りを。求める奇跡を。
もう一度。あるいは何度でも。わたしは望まれた奇跡を起こす。そのための生活。そのための生命。












トラメンストルの朱い本：
リブレ=ヴェルメリ（朱い本）と呼ばれるアルーム村に伝承される歌曲集。聖処女を讃える１２の歌曲が手写されている。
村人の殆どが文盲のアルーム村において、聖処女への賛美を辿るためのこのフォリオはそれ自体が聖典であり、信仰の象徴と言っても過言ではない。
作詞・作曲者は不明だが、その楽譜は天使の言語＝空から光と共に降りて来た妙なる調べを追ったものとされている。
またその表紙の鮮やかな朱色は、かつてアルームに咲き乱れていたネクターの花の色素による。

静かにカミユの様子を伺うに留め、口を開くまで黙っているリレッタ。
切り出した一つの問いには、気負うことなく返す。
……いつもより、少し冷たく感じられるくらいに。

手は、子どもの髪を雑に書き混ぜていった。
カミユを選んだという天使の名に、
視線は今は見えない金色の瞳を辿る。

言って肩を竦める。

手を借りるかの判断は投げて、
カミユの青い双眸を見やる。

と、がたり立ち上がる勢いに上半身だけを後ろに引いた。

首裏を撫ぜやる。

大概、食事はささやかに豪勢だったな。と、
記憶をたどるように曖昧な声で言って、

多分。と、押し出す息。
首に置いた手だけが残数を計るように指を折った。

ゆら。と火の先から登っていた煙草の煙が揺らぐ。

咽かけた呼気を呑み込んで、中断。と示すように手を振った。




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後日。

「お使い」に出したカミユが戻るのを、
男は、椅子に座った身体をひねり出迎える。

閉じたドアを見やり、真向かいの青い瞳に黒色の眼を眇める。
修道士でしょう、と言う声に、微かに口端を擡げて眉を上げた。

息を吐いて椅子を回す。がたん、と音を立てて
体ごとカミユに向きなおる。

視線を外さないまま、淡々と乾いた声が理由を綴る。

正面から部屋を訪なったカミユをみたままで、
一度、そこで反応を窺うようにか、言葉を区切った。

去りゆく背に哄笑を浴びせ。

妹とは別な笑みを向け、小さな手を振った。

エンブリオの内部に浮かぶ胎児が肥大化する。
胎児は徐々に赤子の形になり、手が、足が、自身を守っていた膜のようなものに触れる。
力はさほど加えていなかったが、その質量の増加に膜は耐え切れずに、ヒビが入り、割れる。

羊水と共に赤子が這い出す。
その肉に膜は飲み込まれる。
相対する鬼と同程度の大きさになり、ようやく肥大化は止まった。
体の表面がどろり、と溶け出す。
それは泥で出来ていた。
見上げるほどの、泥人形。