[SummerVacation]


「……」

潮の、香りがする。
……ここ、何処だっけ。

あーーー……何これ頭いったーい！！！




薄っすらと開けた瞳にうつったのは見知らぬ天井。
また、こんな、現象？

慌てたけど、すぐに自分の直前の行動を思い出して納得した。

たしか、そう、フライバイ君が、何処かに行こう！っていうように皆を連れ出して、ついた場所は海で。
えーと…そして多分早々に途中ではぐれたんだよね。
とはいえ全員じゃなくて、はぐれなかった人たちと、うん、料理とか振る舞われてる賑やかな場所に連れていってもらって。
そうそう、セーラー服を男の人が着てるって新鮮だったな。
いや、勿論私みたいな学校の制服じゃなくって、海の人！って感じでとってもお似合いだったんだけどね。

何だかすっごい華やかな場所で。もー本当この界隈、程度の差はあれど見た目綺麗な人多いったら！
流石、というか何というか物語の世界って言うべきなのかもしれないけど。
なんだか遠出する雰囲気だったし、水着用意してる人もいたから、どうしようか悩んで、勿論水着なんて持ってないからって、いつものセーラー服じゃなくって体操服なんて着てきちゃったからもう恥ずかしいったら！

名前とかさ、胸元に書いてあるわけで。
やっぱり買って数ヶ月の体操服とはいえ、洗濯しているとはいえ、やっぱりちょっと汚れてるわけで。

すっごい、場違い感、半端なかった。恥ずかしい。すごい恥ずかしい。
カミユ君とかクリス君とか事前に教えてほしかった！とか一瞬思ったけど、無理だよね。まだ、会話が成立するには、私がこの世界の言葉、知らなさ過ぎる。


——……あ。
あー、そうだ。思い出した。

そこで、セーラー服のお兄さんから飲み物、もらって。
コップにね、飲み物注いでる子が、また、かっわいくて！　妖精さんっていうのかなあ。
……まあ、恥ずかしかったり場違い感がすごくって喉かわいてたから一気に飲んで。

……でも、あれ、お酒だったんだね。



それからのことは、なんか、気持ち悪くなって結局そこらへんにあった海の家で横になってて、気付いたら寝てた、って事しか覚えてない。
初めてお酒飲んじゃった。私未成年なのになー、学生なのになー。不良だ。バレたら退学かなあ。

まあ、退学以前に、元の世界に帰れる気配もないから関係ないのかもだけど！



————元の、世界。
戻る方法とか、この世界の理とか。
もっと必死になって探すべきなんだけど、何だかその時、その時の出来事に必死になっちゃって、全然探せてないや。
きっと、マァムブっていうおうちと、…優しくしてくれる仲間と。
言葉も通じないのに接してくれる人たちがいるから、何だかぬるま湯気分なんだろうな…。——人、じゃないのもいる、けど。

なんで、みんなは、よくわからない生き物と戦ってるんだろ。
……生き物だけじゃない。なんで、兵士みたいな人や忍者みたいな人とも、戦ってるんだろ。
水辺や砂地で会ったあの人たちは、”よくわからない生き物”じゃなくて、ちゃんと、私達と同じ人間だ。

わからない事は、まだまだたくさんだ。
でも、初めて刃物で生きているものを傷つけたときのあのショックは、もうかなり和らいだ気がする。
罪悪感は、前よりはないかな。
……皆が戦ってるのに、私だけ、怖いよできないよ、なんていうわけにいかないし……
それに、マァムブ内にいる人たちだけじゃなくって、たくさん…本当に、1000人以上の人がやってる事なんだったら、絶対、意味があるはずだから。

人と戦うことに意味のある世界なんだって事は、わかった。

だったら、もっと、もっとしっかりしなきゃ。
刃を振るうこの手に、迷いがないようにしなきゃ。




けれど。

——今ぐらいは、まあ、ゆっくりしてもいいよね。

欠伸を、かみ殺す事もしないで、ふあああ、と大きく口を開いたあと。
また目を閉じて。海の潮の香りだけを楽しんで。




私は、また、まどろみの中へと。

正直マァムブ内でも仲が良いとは言えない、グレイマンと二人きり。
会話も出来ず、グレイマンのやや斜め後ろ、少し距離をとって歩き。

時々思い立って顔をあげて、声を発するものの、やっぱり挫折して頭を垂れてしまう。
何か、向こうからアクションがない限りは、そうやって、相手の機嫌を損なわぬよう、後ろからじっと眺めつつ、彼の背中を追いかけていくつもりのようだ。

前を歩く背に後ろから声をかけてから、気がついて眉を寄せる。
声で言っても通じないのにチッと短く舌内ひとつ。

面倒になったか、進行方向から逸れそうになると、
頭を掴んで前に向けようとする。

雑に言って、前を指差す。通じていなくとも、
前方があっちだと誤解されようとも、特に構う気がないようだ。

言葉が通じないということは文字もわからないだろう。
果たして渡したチラシは意味があったのか、と一瞬不安に思ったが、
樹里が温泉の絵を見て得心したのを見る限りどうやら問題無さそうだと息をつく。

『湯屋』と『場所』の部分を強調して何度も繰り返しつつチラシの地図を指で指し示す。

『ここ』と言いながら地面を指で指したあとに、地図のある箇所を指しまた『ここ』と言う。
理解した様子がないならそれを何度か繰り返す。

『湯屋』と言いながらチラシの温泉の絵を指す。そのあとに地図に載っている
建物を指すと『湯屋』と言い、こちらもまた樹里が理解するまで繰り返す。
その後、地図の上を指で滑らせ湯屋への道のりを描くとやりきった顔で顔をあげる。

ナナシは樹里に倣って頭を垂れると手を振りつつその場を後にした。

謝っていることは理解したようだが、
どこか見下したような表情でぶつぶつ喋る樹里を見ている。

樹里から興味を失った様子で、視線を外したため
服に手が掛かったのは完全に不意打ちだったようだ。

声が裏返っている。
慌てた様子で服に掛かった手を掴み、引きはがし押し返そうとする。
そのまま樹里に詰め寄った。

そう言ってアトと名乗る妖精らしきモノは、サイネルと呼ばれた青年の方を見る。
サイネルは数歩前に出てから、言葉を発した。

多少意訳の入った翻訳をしながら、アトは少女へと言葉を繋ぐ。

少女の反応をみて、良かった良かったと言わんばかりの反応をオウム返しのように表情で返す。
少女の言葉を察していこう。
『まち』と言うのは、恐らく敬称であると推測した。
この年代の少女が年上のような男性に敬称をつけるとすれば『さん』が妥当だろう。
その後の意味はまだ分からないが、自分の名前を敬称なしで呼んでいる事と首を降ったりと拒絶のような仕草から敬称不要という事がなんとなく伺える。
どうやら、平民出身のような気がしてきたな。今回は金が目的ではなく遊ぶことが目的だからどうでもいいが。

頷き親指をぐっと立てて理解をしたと反応しようと返す。
言葉の考察についてはある程度の特殊な単語以外は置き換えが出来るのではないかと思考しよう。

その後の動作や言葉は理解するのに数瞬ばかり悩んだが、
これは良ければしばらく一緒に散歩でもどう？と言ったニュアンスなのだろうか。
だが、どう読み解こうにも悪い方向ではないだろう。
ましてこういう芋っぽい思考してそうな少女が俺を誑かそうという訳でもないだろう。
そうだな、久しぶりにこういう思考の体操をさせてもらってるしな付き合うのもいいだろう。
ただ、言葉が通じない分は何かで無言の空白を埋めるのを努めるのは男の仕事と言う奴か…

そう思考すると辺りを見回し、甘味露店を見つけると
そこを指さした

そう、指さして軽く軽く動作を大げさにするとジュリの手を掴んで店へと向かう。
少し反応されようが店は目の前なので構わないと言わんばかりに。
露店でアイスキャンディーを二本買うと一本をジュリの方へと向ける。

——挨拶が済んだら餌付けは基本だ。

思わず、目が丸くなる。

普通の童ならば、消えた飴玉の秘密を探ろうと覗きこんだり、触れて確かめたりするところだ。
なのに、もう消えられては堪らないとばかりに、喰らいつくとは思わなかった。

存外、性根が座っているのかもしれない。

神隠しという言葉が脳裏を過ぎったが、異世界から渡る人々の多い世界だ、旅行者という方が筋が通る。
ならば、保護者からはぐれて彷徨っていると見るのが妥当だろうか。

自分を指差し、名乗りを幾度も繰り返す。地面に現地語で、自分の名を書いてみせた。
胃袋はつかんでみた。子供にとって、甘味は警戒を溶かす薬にもなろう。
ならば次は名を伝え合う流れ。正体不明の相手でも、名前がわかれば安心するものだ。

少女を指差して、こくりと首を傾げる。
相手が名を教えてくれるまで、自分はツヅミであると伝えることを根気よく繰り返す。

尻尾をふらりと目前にさらして、ゆらゆらと揺れ動かした。
触っても良いという意思表示は、伝わるだろうか。
驚かないならば、獣人や妖怪変化が珍しくない世界から来たという判断材料にもなろう。

じっと差し出された手を見て、小さく息を吐き。
差し出された手へとりんごを乗せ、その手を樹里の頭へぽんと乗せる。

そんな事を言いながら、樹里の頭へと手を伸ばす。
特に抵抗がなければ、髪の流れをなぞるように頭を撫でるだろう。
これまで見せた笑みとは違う、柔らかな笑顔を見せながら。

笑顔はすぐに消え、一から百までを数えだした。

ぶしつけな、なれなれしい態度で男が歩み近寄る。
大仰に広げられた両腕の先ではせわしなく手が揺らめき、指が踊り、いたく強引に注目を促すとまくしたてる

　穏やかな城の庭。しかし空は雲に覆われ生温い風が花を不穏に揺らす、そんな気だるい朝。たまたま1人でいた樹里の前を胡散臭い男が横切るように歩いていた。日本で言えば首から上が怪しいロシア人、首から下が江戸時代の商人。

　男が樹里の真正面を通り過ぎようとした瞬間、何かがぱさりと落ちる。白い布に小さな花の刺繍。それなりに上質のハンケチーフ。しかし、男に気付いた様子は無い。そのまま視界から消える方向へ……行くと思われたが、白い布から10ｍほど離れたところで屈み何かを弄っている。どうやら履いていた草履の紐を直しているらしい。今声をかければ容易に届けられるだろう。

　草履を弄る振りをしつつ、男は声がかかるのを待っていた。全く声をかける素振りが無ければ、自ら気付いたことにして回収するつもりである。

ハルはまるで未知の生物を見るかのような目線でジュリと名乗った少女を見つめ。

齧られたパンとジュリの口を交互に指差しながら、大きめに首を傾げてみせた。

トガノは言葉を言い終えた直後に大仰な一礼をしてみせる。
相手に釣られてか、少しだけ表情も和らいでいるようにも見える。

どこからか取り出した1枚のポスターをジュリに見えるようにして持つ。
そこには質素な小屋の写真と共に、色々な商品（主に食品関係）が載せられている。

そのまま一歩前進し、ゆっくりとした動作でジュリの手を引こうとした。

すっ、と握手するように手を出して

何やら思案顔で黙り込んだ後、紙を取り出し、ニコニコマークのような笑い顔と丸を3つ書いて。

指差し、3文字の○に指を滑らせた。教えながら、樹里の話す言葉も教えて欲しいようだ。

その後、そのへんの木を指差して

通行人を指差して

自分の耳を指差し、樹里の耳を指差して

自分のしっぽを指差して

ない、といいながら手で×を作り、首を横に振った。

ある、といいながら手で○を作り、首を縦に振った。
その後、樹里に向かって口パクをし、また木から順番に言って見て、というふうに促した。

ひとことだけ呟きとともに木の葉の包みを置いては、また普段の調子に戻ってあちらこちらに寄り道しながら駆け去っていった。