左足に痛みと共に紋が刻まれる。
　ジヴィーテの人間がエンブリオと契約する時、それは紋章という形で直接身に刻み込まれるのだ。
　紋は契約が続いている限り残り、何らかの理由で解約されたならば、即座に紋は痕すら残さず消え去ってしまう。
　私にはどういう理屈なのかは解らない。契約方法は、一子のみに伝えられるからだ。そして、それは姉様が継承している。
　理屈を尋ねた事もあるが、姉様は困ったような表情で、「これは口で説明出来る物ではないのだよ」と応えるだけだった。

　痛みが広がっている。
　悪魔と呼ばれるエンブリオを私は選んだ。何故それを選んだのか、明確な理由は無い。ただ「そうすべきだ」という意識が働いたからだとしか言えない。
　何となくを疎かにしてはいけない……とは、どこかの文献の言葉だったか。これに添うならば、まさしく「何となく」の選択だった。

　じくじくとした湿った痛み。それは左足の甲から、今は足全体を覆っていた。
　夢を見ているような不思議な感覚が私を包んだ。
　老いた男がニヤニヤと笑いながら、ただ私を見つめている、それだけの夢。気味の悪い笑顔が、なぜか心地良い。

　首から下が何かに刺されているように、痛む。
　その痛みは決して嫌な痛みではない。何度でも感じたい痛み。契約で私の体はどこか壊れてしまったのかもしれない。
　男は相変わらずの笑みを浮かべながら、私へと近づき——



　そこで、頬を打たれたような衝撃を受けた。
　二度三度瞬きをして、頭を軽く振る。身体が重い。僕、いや、私は何をしていたのだっけ？
　地下室特有の湿った空気が私を包んでいる事は感じられた。頭が混乱している。夢を見ていた気が——

「ティッキー、しっかり。大丈夫だ、儀式は終わったよ」

　少し掠れた優しい声。ああ、それは姉様の声だ。そうだ、私はエンブリオとの契約儀式を行っていた。確か、それは……
　姉様の表情が少し曇っている気がする。何か、あったのだろうか。

「姉様？何か、あったのかい？」

　そう尋ねる私に、姉様は鏡を見せた。
　そこに居たのは、姉様と同じ少し暗い金色だった筈の髪が、二房残して全て赤黒く染まっていた私だった。

数には余裕がある様だ。

ふと、自分がまだ子供だった頃を思い出す。

倒れたグリズリーの傍にしゃがみこみ。

腰の辺りから、解体用ナイフを抜く。