敗北。

それは勝つ事が出来なかったと言うだけではなく、死と隣り合わせの結末。

口に出すと、それは重く肩にのしかかる。
死んでおらぬのはただの偶然。奇跡とかご都合主義とかでなく、ただ相手がお腹が空いていなかった。
そんな偶然で生き延びた。自分の事ならば、生きてて良かったと胸をなでおろして終わった事じゃろう。

じゃが、この敗北はわらわ以外の者を危機に晒した。
わらわが守ると約束をしたのに、約束を守れなかった……

考えてみる。わからない。
わらわは確かにかの地で精霊術を学んで戦う術を手に入れた。
長い年月大切にされたかまどの付喪神で、知識も多少は持ってると自負しておる。

じゃが、実経験は……そう。実経験は多くは無かったかもしれぬ。
決して薄いとは言えぬ密度の経験を積んできたつもりじゃが、まだ、足りなかったのやもしれぬ。
世界はまだまだ広いのじゃなぁ──今さらながら、そんな当たり前の事を思い出す。

わらわは負けた。
この世界にたどりつき、あるじと共に戦って。そして負けずにここまで来れた。それ自体が幸運じゃった。
世界は広い。すなわち、わらわ達より強い存在は無数におると言う。そんな当たり前な事を忘れる程に油断しきっておった。
この敗北は、力で負けただけではなく。油断が。慢心が。危機感の無さが。

飽きれて物も言えぬ。
これで人を守るなぞ、片腹痛いとはこの事。出来ぬ事を偉そうに口にするとは……わらわはいつからこんなに偉くなったんじゃろうな。

──さて十分自分を罵倒した所で、わらわがやるべきことを考えるべきじゃな。
わらわがこの世界に来た目的。それは、この戦いを勝利に導くべく協力する事。弱気民の為に力を使ってこそ、戦う力を得た甲斐が有ると言う物じゃ。
じゃが、既に状況は変わった。わらわ一人の力では、この戦いに勝てないとわかった。妥当すべき王の部下ではなく、ただ、自然におる生物にすら負ける様では、この先一人で出来る事はたかが知れてる事じゃろう。
ならば、今わらわがやるべき事。それは──

そう、あるじ殿はわらわが巻き込んでしまっただけで、本来は無関係の人間。わらわのわがままの犠牲者じゃ。
そのあるじの安全を守る。これが、わらわがまずやらねばいけない事じゃ。その為には……

弱い者は後方支援に回る。下手に前列に出ようと動けば、時として強者の足を引っ張る。
わらわはあるじを守りつつ、後方にて待機が一番の得策……じゃろう。

悔しい。歯がゆい。もっと自分は戦える。
そんな思いを押し殺す。結果が出た後では、全ては強がり。自分を必死に納得させる。

お？あるじ殿が目を覚ました様じゃ。
さて、どう伝え様…あるじ殿は怒るじゃろうか。それとも本をゆっくり読めると喜ぶじゃろうか。わからない。じゃが、事実は伝えねばならぬ。約束を守れなかったと謝らねばならぬ。

あるじ殿が周りを見渡しながら、傷の痛みに顔をしかめる。

頭がだんだん働いて来たか、あるじ殿の目に力が戻って来て……そしてうつむいた。

無言でうつむくあるじ殿。怒っておるのじゃろうか……いや、怒っておるのじゃろう。
無理もない。戦う力を持たないのに戦いに巻き込まれ、あまつさえ命の危険にさらされたのじゃ。
わらわに対する信用も完全に失ってしまったかもしれぬの。
そんな恐れを抱きつつ、声をかける。

うつむいたままのあるじ殿じゃが、肩を震わせて、何かを呟いていた。
何を呟いているのかわからず、そっと耳を寄せる

……？？？とりあえず怒っておる様じゃが、こう、なんか様子がおかし……い？

突然の叫びに思わずびっくりして尻もちをつくわらわ。
それも気にせず、あるじどのはどこかへ向かってどなり続ける。

……痛い思いしただけで済んだだけマシとしか思えないんじゃが……うぅん、わからん。

──あるじ殿に怒鳴られ、はっとなってあるじ殿の目を見る。
その目は力強く、そして未来を見据えて輝いていた。

あるじ殿の言葉に……何も言い返せず、ただ、頷く。

──すっかり忘れていた。ずっと、自分だけで頑張ろうとしていた。じゃが違った。
わらわが困った時、必ず誰かが助けてくれた。
わらわが躊躇した時、誰かが背中を押してくれた。
そして、わらわが間違えた時。必ず誰かが正してくれた。

──わらわが呼んだ英雄候補があるじ殿で本当に良かった。
──決して強く無いわらわ達じゃが、二人で力を合わせればどんな困難にも立ち向かって行けるじゃろう。
その言葉は口に出さずに胸にしまう。

そしてわらわ達は新たな一歩を踏み出す。
そう、二人で足並みをそろえた一歩を──

話題を変えたのに気付き、それに乗ろうとする。

目的を聞かれて、少し思案し、

視線に気づき、もう一度見えるように機械を前に出す。

サニーは悲しい表情を見せる。

少し期待の表情を見せつつ、問いかけてくる。