酷く雨脚の強い日だった。

ブランチマンと戦う準備を整えるため、
私達は平原に陣を取っていた。
かの門番を突破しなければ、先に進めない。

以前風邪ぎみだった事もあり、生産計画に若干のミスがあった。
決して取り返せない程度ではないが、
うっかりで済ませられるほど軽くもなかった。

私は内心後悔しつつも、
ブランチマン戦までは少々時間もあるので
次の戦いに備えることにした。ここで負けると笑い草にもならないし。

いろいろ思案していると、小僧がテントの扉をくぐった。
お使いから帰ってきたらしい。

「お疲れ様、向こうに粗相のないようにしたか？」
「あそこのギルドには何かと助けてもらってますからね。
　言葉づかいには気を付けているつもりですよ？一応、教育は受けていますので。」

そう言って小僧がくすりと笑う。

「それならば良かった、バケさんの付録とはいえ油断はしないように。」
「バケツ猫は本当に人気がありますよね、なんだろあれ。
　……そういえば、帰る途中で知っている人を見ましたよ？」

『知っている人』という単語を聞いて、書類をめくる手を止める。

「お使いの帰りなんですけど、練習試合で会った人を見ました。
　銀髪の褐色肌のエルフの女の子ですよ、無口っぽい。
　ほら数日前、森で会ったじゃないですか。」
「はぁっ！？」

意識外から声が出た。

「多少遠目でしたから、僕らには気づかないようでしたけど……。
　ってなんで我が君はそんなに怖い顔しているんですか？」
「馬鹿め、彼女は『人狩り』だ！！」

今度は意識的に大声を出す。事の重要さを理解させるために。

「……えっ……？」

最も警戒する単語を聞き、小僧は目を見開く。

「……森で会った時は、何もされませんでしたよ……？」
「侵攻5日目までは事実上、人を襲う事は不可能なんだよ。
　大本営の警邏部が目を光らせているからな。
　5日目以降は大本営が監視を緩め、一揆内での人狩りが可能となる。」
「どうして監視を緩めるんですか！？」
「……これは私の憶測でしかないが。」

冷静になろうと息を整える。二人で狂乱しても何の得もない。


「大本営はこうなる事を望んでいた可能性がある、目的が何かは知らんがな。」


途方もない陰謀論だと一蹴するだけの根拠がないのだ。
現実がすぐそこに、迫っているのだから。

◇◇

「小僧、彼女を見かけたのは具体的にいつの話だ？」
「あ……えと、行きの半分くらい帰った時です。
　1時間前くらいですか？」
「……。」

歩いて1時間くらいの所を移動していたという事は、
悪天候を考慮しても相当こちらの近くに来ているはずだ。
この広庭が広大とはいえ、陣を張れる場所には限りがある。

——どうやら今度の狩りの獲物は、我々ということか。

思わず大きく舌打ちし、帽子ごと額を強く握った。

「……我が君？」
「すぐに皆を集めてくれ、緊急集会を開く。」
「我が君……それって……？」
「まずは使えそうな装備を集める。生産計画も白紙だ。
　取引出来そうな物はすべて市場へ出す。ブランチマン戦もあるからな。」
「我が君！ちょっと待ってください！！」

小僧が悲鳴に近い声をあげた。

「それって、僕らが襲われるって事ですよね？」

かすれた声で私に問う。

「……恐らく可能性は高い。」

本当は動揺するから明言したくなかったが、そうも言ってはいられないだろう。
思った通り、小僧の拳が震えだした。

「……どうして！？僕ら何か悪いことでもしましたか！？
　なんで襲われなくちゃいけないんですか！？」

ありえない力で私の両腕を掴み、揺さぶる。

「今まで襲われた人たちも、悪いことなど特別やってはいなかったが。」
「納得できませんよ！恨みもない者を襲うだなんて！！」
「じゃあなぜ、この世の犯罪者は人を襲うのだろうな？
　メルンテーゼの犯罪者は、理由なき略奪なんてしないのか？」

小僧の揺さぶりが止まる。

「お前は常々国王を悪の根源と言っているが、
　国王は何か重大な理由があって、民をあえて虐げていると考えているのかね？」

目前の少年は、顔を伏せた。いくつかの滴が床に落ちる。

「……なんで我が君はそんなに落ち着いているんですか？
　悔しくないんですか？怖くないんですか？！」
「悔しいし怖いさ。
　ただな、泣き叫んでも相手が来ることに変わりはない。
　今のところ、泣いて命乞いをしても戦う直前に見逃されたケースはゼロだ。
　出会う前なら知らんがな。」

自分の緊張の糸が途切れそうになるのを、心の中で必死に制御する。

「……じゃあどうすればいいんですか……？」
「出来得る最大限の事をやるまでだ。
　大事なのは、決して絶望しないこと。冷静に相手を分析すること。
　幸い、『人狩り』の資料は集めてあるんだ。
　必勝というわけではないが、何か手立てを見つけていこう。」
「集めていたんですか、資料……。」
「一応、情報部署を預かる身だからな。
　大本営の資料にも直接当たれるこの立場、利用しない手はあるまい？」

小僧が顔を上げる。目がひどく腫れていた。

「……もしかして、この遭遇を見越して……？」
「予想よりも早くて悔いたのは認める。」
「僕達にも勝機はあると、信じていいんですね？」
「カタログスペックは向こうが上だがな。
　だが勝負はそれだけでは決まらんよ。自分が召喚した英雄を信じなさい。」

割と力押しで戦ってきた相手を覆すのはしんどいのだが、
今は小僧の士気を上げるためにも強気な事を言っておく。

「いいか小僧、平和とは与えられるものじゃない。勝ち取るものなんだ。」

後悔だけはしたくない。
だからこそ、私達は今できる最大限を尽くそう。
戦いを放棄した者に微笑む女神など、いないのだから。


◇◇◇


——次の日。

昨日の悪天候が嘘のように、晴れあがっていた。
多少地面のぬかるみはあるが、雨の影響は少ない。
素早さが突出している相手の二人には好材料だが、
同時に射程の長い武器を持つこちらにも有利だ。

私達は、対峙している相手が変化していくのを眺めていた。

彼らのコインが宙に舞う。
ナントカの魔力らしい物によって、
普段はおとなしそうな者たちが狂気に満ちてゆく。
なるほど、これだけ派手なら噂の種にも事欠かないわけだ。

変身中に攻撃するというお決まりの手段は勿論ここでは封じ手だ。
こちらもエンブリオの召喚中に攻撃されたら元も子もない。
大体、非接触フェイズに相手に危害を加える事は
大本営によって禁止されている。

派手な演出が終わった後、こちらも準備に入らせてもらう。
小僧が無言のまま一歩進んだ。私も左の手袋を取る。

「我が『召喚者』の名において命ずる。」

突き出した左手の甲から光がほどばしる。

「従順なる仮面　ドールを召喚する。
　焔と鍛冶の竜神　スヴァローグを召喚する。」

次々と私の後ろにエンブリオが召喚される。
この召喚されたエンブリオの中から、私が手札を選ぶ形だ。

「我が『召喚者』の名において授ける。
　焔と鍛冶の竜神　スヴァローグより火炎の陣を賜る。
　焔と鍛冶の竜神　スヴァローグより獰猛の陣を賜る。
　春を告げる女神　ヤリーロより技巧の呪の陣を賜る。
　春を告げる女神　ヤリーロより精神の恵みを賜る。」

二つ目の光が手の甲から放たれ、該当エンブリオと共鳴する。
賜りの種類を増やすために森で死にかけたこともあったけれど。

「我が『召喚者』の名において
『無貌の蒼頭』の封印を今戦闘のみ開放する。」

『無貌の蒼頭』とは、召喚者と干渉者を繋ぐ特殊なエンブリオだという。
ここは最初理解できなかったが、
私とこの『無貌の蒼頭』は普段、ある程度を共有し共存しているらしい。
言い方を変えれば、私の中に『封印』されていると言えるわけだ。

その封印を解き作用条件を指定することで、
人と特定のエンブリオとの作用回路を遮断することができる。
私も何度か実験し、動作を確認した。

「これにて『召喚者』の全ての附与を終了する。
　ならびに、我が『召喚者』の名において命ずる。」
「……？」

通常ならここで一旦終わるはずだ。
実際に小僧の手の甲からは光は途切れている。
小僧はこちらに振り返り、私を見据えた。


「『干渉者』よ、この僕に勝利を。」


決して大きな声ではなかったが、はっきりと言った。
声に震えもなく、瞳に迷いはない。
私の口角が自然と上がる。

「我が『干渉者』の名において全てを賜る。
　また、『無貌の蒼頭』の開放を確認する。
　我が『干渉者』の名において相手エンブリオへの作動回路を指定する。」

思ったより私の口も滑らかだ。


「最後に、我が『干渉者』の名において全てを承る。」


左手の甲を前にかざしたまま、ほんの少しだけ微笑んだ。
こいつの前で恥ずべき態度など見せられるものか。

銃のホルダーを外し、手の内に収める。
腐りかけたこの銃でも、今回は無様な戦いは許されない。

「……極めて不利な状況だか、そう易々とは勝たせんよ？」

マシンピストルに銃弾を装填を終えた。
今から、戦いの幕が開く。



To Be Continued......


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※今回PMとメルンストゥーラの皆さん（主にシルマリィ（65）さん）を存在だけお借りしました。
※今回は予告と内容を変更しております。

そしてその原因をつくった少年の言葉を受け、

そう言って嬉しそうにミハイルの肩を抱こうとし、

その目は子の成長のそれを喜ぶ親のようであった。

普段褒められることはあまりないせいなのかシエラは調子に乗ってしゃべりだす

手配書はすでに回っているであろう
しかし、まぁそれも一興と梨のコンポートをクチに運び咀嚼する

そう言って彼女は店を出て行った
振り向きざまに二人に手を振り、にこやかな笑顔を見せて


そして、次の日　彼女は農場へと送られた