「世界を壊す…か。」

　その身に炎を纏った少女から発せられる巨大な魔力の波動は、グレイナード・F・ノイエンの影に潜む私にも、それが冗談ではない事を信じさせるに十分な説得力を伴い突き刺さった。
ネクター、数多存在するエンブリオと契約するに必要なその花を創り出したのが彼女だと言うのならば、彼女こそはこの世界"メルンテーゼ"の調整者。
この世界に住まう人々にとっても、またエンブリオにとっても神に近しい存在と言えるだろう。

　私の脳裏には、咄嗟にある一つの世界の名前が思い浮かんでいた。

[終焉の世界エンドケープ]

　かつてグレイナードに語った事のある神の手により終焉を終えた世界の名だ。
流石にエンドケープを滅ぼした神がベルフィだと言う心算は無いが、世界を初め、そして世界を終らせるのが神ならば、ベルフィが定めたこの世界の終りは運命だと言えるのかもしれない。

「ただ…。」

　眼の前の少女が、どうしようもない存在には思えない。
突き刺すように感じる強烈な魔力はこの世界において比類なきものである事は疑わない。
いや、この世界どころか無数の分割世界を来訪した私が初めて感じる桁違いの巨大さである。
それでも…。

「…人に近過ぎる。」

　ベルフィという少女には人としての匂いが強く感じられるのだ。
それは侮りだろうか。
例えネクターを生み出し、この世界に生在る者が住める世界に変えた存在だとしても、彼女自身は世界の創造主ではない。
不遜な物言いになるのかもしれないが、大魔法使いという分類に当て嵌めても良さそうである。
但し、その力は私の知る魔法使いの範囲を大きく超えているが…。

　私が何か言うまでも無く、グレイナードは既に少女と戦う決意をしているようだ。

「……。」

　何も言うまい。
もしかしたら、グレンの行為は天に唾する行いで、その結果私も含め全ては灰燼に帰すことになるかもしれない。
私はその覚悟をせねばならないだろう。
だが、それでも私は彼を止めはしない。

「冒険者の性分…そうだろう？ グレン。」

　なぜならば、私もまた冒険者という生き物なのだ。

彼は、そんな事を言う様な人だっただろうか。
いや、違った気がする。
彼の顔に一瞬浮かんだ表情はこれまで見た事が無くて、私が動揺する位で……

彼はどちらかと言えば、人と距離を置きたがる人で、自分で決めた“線”を決して超える事は無かった。
協力する事もお互いの利益があってこそだと前置きをしていて、その姿はどこか脅えている様にさえ見えた。

私は、もう随分と救われているのに。
これ以上の幸せなんて、無い気がするのに。

———まぁ今は進もう。
そう長く無い時間を、彼なら効率良く使ってくれるだろう。