「……あっ、ごめんなさい、お邪魔するつもりだったわけじゃなくって、
あの、わたし、一揆の軍ではあるのですけど、でも、王様を攻撃したいわけじゃなくって、
お話したいだけなのだけど、だからあの、この陳情書、王様に届けていただけるなら
わたし、すぐに立ち去りますから〜！」

言い争う二人の男と少女たちの視線を浴びて、身を縮めて弁解する。
が、緑の髪の男——サバス？——は猛る白髪の男——マルクス？——を煽るように傲然とした笑みを浮かべ、
対するマルクスはそれにいっそう憤り、吠える。

要するに、この場において、少女に注意を払う者は誰もいなかった。

「そ、それじゃあ、お邪魔いたしました、ごきげんよ……きゃぁ〜っ!?」

そそくさと、元の扉から出て行こうとした己を囲むように、緑色のもさもさした巨人が現れる。
何体も、何体も。すっかり取り囲まれてしまって、前にも後ろにも進めない。
おたおたと足踏みする横をサバスが通り——はさまれる形に、サバスを背にかばう形になったのは、つい先ほどのこと。
今は戦闘を終え、地に倒れ伏すマルクスたちを見下ろしていた。

「あ、あの〜　ごめんなさい、お怪我は……って、あるわよね〜、ヴェダ、ヴェダ〜？」

エンブリオを呼び出し、治療を頼むその横で、なにやらメモを取る男。
終始こちらを気にすることのなかったサバスが、急にこちらに声をかけてきて、驚いてばさっと翼が広がる。

「いえ、ご用事っていうか、あの、…あっ、待って〜！」

呼び止める声も虚しく、男は階段を上って消えてしまった。
足下のマルクスたちの傷も癒えてきたのを確かめて、こちらも部屋を出ることにした。
とはいっても、サバスの行ったのとは逆方向。開けるのは、先ほど己が入ってきた方の扉だ。

「あっ、エンバーさん〜！　扉、急に閉まったからびっくりしちゃったわ〜！
お城の方…かはよくわからないけれど、人に会ったの〜。
それでね、階段、みつけたのだけど……エンバーさんのほうは、大丈夫だった〜？
なにか、変なこと、なかった〜？　お怪我は〜？」

そして、彼から無事の返事を聞けば、ほっと表情を緩めて。
さきほど見つけた階段へと、案内しようとするのであった。

巻き込まれた戦闘に、よほどびっくりしたのだろう。
さっきまでのうかない顔が嘘のように笑顔が戻っている。
否、むしろ、子犬がまとわり付くように彼の傍をついて歩いてあれこれと話し始めた。
どうやら一時的かもしれないが、驚きに気鬱がすっかり吹き飛ばされたようである。

バレンタインに贈ったリツィタル。
喜んでもらえたことに喜んで、ちょっぴり照れくさそうに尾羽をぴるると震わせた日からしばらくの時が経って。
手ごろな扉を開けて、頭を突っ込んでいたその背後。

不意に名前を呼ばれて振り返る。
どうしたの、と問いかけるよりはやく、差し出されたのは小さな白い袋。
オレンジのリボンがマリーゴールドの花のようで、春がすぐそこに来ていることを思い出させる。
反射的に受け取って、きょとんと彼を見上げたが、その言葉を聞けばたちまちふにゃっと頬が緩んだ。

彼が頷くが早いか、カサカサと音を立てて袋を開ける。

ぎゅっと胸に抱きしめる。その後ろで、ぴこぴこ、ぴこぴこ、抑え切れない嬉しさに、尾羽がせわしなく揺れていた。

言いながら。ふと、彼がこのキャンディポットをどんな顔で購入したんだろうと想像してしまって、いっそう笑みがこぼれてしまった。
きっと彼のことだ、照れたりなどせずいつものように飄々と手にとって、購入してきたのだろうけれど。
でも、その想像が事実だとしても。なんだか無性にお腹の底がくすぐったくて、くすくす笑いがこぼれてしまう。
我慢しきれなくなった翼が広がって、ばさっ、ばさっと軽く空を撫でた。

笑いの波が収まらぬまま、小瓶の蓋に手をかけ、早速ひとつ、取り出した。
さっき思い浮かべたマリーゴールドに良く似た形のひとつぶを、口にして。
そして取り出したもうひとつ。こちらはさくらんぼの形。
ちょっと背伸びして、ずい、と手を伸ばして彼の口元に向けて差し出した。

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。