てち、たし、てち、たし。

水辺で足を冷やし、休ませることができたとはいえ、まだ、違和感は消えてはいなかった。
無理もない、出会ったエンブリオからは敗走し、満足に休めていないのだから。
そのまま戻ってきた兵舎。
痛みはないのだから、と彼には何も伝えぬまま、その背について歩いている。
いつも己をかばうように、前に出てくれている背中。
それは、彼の出自を聞いた今でもやっぱり広くて頼もしくて、そして追いかけていきたくなる。
追いかけて、その服の裾を引いて、名を呼んで、気を引いて。
「どしたん」と緩く返る声を聞きたくなる。
聞かされた、彼の出自は少しだけ怖いけど。
それは、彼自身ではなく彼の背負う「約束」に向いたもの。
「知らない」は「こわい」。だから「知りたい」。
だから、王を目指して歩む。
だから、彼に人の姿を与えた人が、彼と結んだ約束を調べる。
彼の後を、ついていく。時には隣に並ぶ。前に出る。
己の目的のためだけでなく、彼が見落としたものも、零さず拾い上げられるように。
それが、何のかかわりもないこの世界の危機に付き合ってくれている彼へのお礼になれば良い、と。

……だけど、今は。足が。
ゆらり、ゆらり、音もなく影のように歩く彼の足取りは決して速くはないけれど。
でも、今の足では少し、追いつくのに苦労した。
痛くはない。けど、なんだかしっかり踏ん張れていない気がする。
地面を踏んでいるのに、その石畳を、本当に踏んでいるのか分からないような気が。
歩いているのか、浮いているのか分からないような気が。
こういう時は、怪我をしやすい。
先を行く彼を見る。相変わらずの足取りは、決して速くはない。

「………………」

急いで追いかければ、すぐに追いつくことも可能だろう。

「……少し、休んでいきましょうか〜」

呟いて、足を止める。
せめて敵に見つからぬようにと身を隠した柱の陰。
だが、大きなおしりは…隠れ切れてはなかったようだ。
背後から声が聞こえる。

　問われたことに、イヌワシはピィと鳴きながら頷きを返した。

　と、少し疲れたように言う。
　おどけた様子には、くすくすと笑みを浮かべて。

　将来のことを語る彼女には、目を瞬かせた。

　

　と、村のちびちゃん達のことにはそう返す。

　どうにも、話しぶりからして、違う世界から来たようだけれど。
　彼女がどんなひとと行動を共にしているのか、少し気になった。

　ぽつりと漏らした言葉は、どこか真剣味を帯びていたけれど。

いくら見回しても、連れの姿はない。
おたおたと浮き足立つ契約者を見かねたように、エユプが飛び出す。

鞄から飛び出してきたエンブリオが、くるくると回る。
回る。
回る。
２人の周りをひと回りするたび、翠の風のように透き通ったその姿が、少しずつ伸びてくる。
まるで影のように、長く、長く。
風が吹き上がる。
髪を揺らす。
ケープが巻き上がる。
たまご色の羽毛があたりに散った。
２人に並ぶように、いつの間にか並ぶ影があった。

緊張の糸が切れたように、へたへたと座り込んだ！

きょろきょろと、周囲に目を配りながら来た道を戻る。
兵舎を抜けた辺りで見覚えのあるシルエットを見つけて、瞬き。

見間違うはずがない、あの姿は———

その名を呼ぶなり、駆け足で彼女の元へと。

（静かな小川に、「見てはいけないものを見てしまった」と言わんばかりの悲鳴が響く）