少々大げさに見えるくらい、肩を揺らして笑う彼とは対照的に。
ぷぅ、と頬が膨れた。

「本当にそうだとしたら、それじゃあ不公平だわ〜。
読み手の人に見られているエンバーさんは大変な思いをして、
そして遊ぶ暇もなく眠ってしまわなくちゃいけないのに、
ご兄弟さんは大変なこともしなくて良いし、遊んでいられた、ってことじゃない〜」

ぷんすか憤りながら口にして、あら、と思い至ったように瞬く。

「……だから、エンバーさんと役割を交代した、ってこと〜…？
んん……」

視線が泳ぐ。彼の言葉通り——"流石にそれは無い"だろう。
彼と同種の者がいるという、その可能性自体が低いし、それに。
彼がどれほどの年月をその「役割」に捧げてきたかは知らぬが、
その間手を差し伸べなかった者が、急に気を変えるものだろうか？
それよりは、やはり外部からの者…という方が、まだ"ありうる"気がする。
名を呼ぼうと見上げたその顔、思案するように伏せられた彼の目は
どこか申し訳なさげだった。
きゅぅと締め付けられる胸を押さえて発した声は、ぬぐいきれない不安と焦りで、
少し、語尾が強くなっていたかもしれない。
だからこそ、彼の屈託ない笑い声に、自分にこびりついていたその、
しつこい鍋底の焦げみたいな不安と焦りを取り去ってもらえた気がしておかしくなった。

大丈夫、と。唐突にそう思う。
ふたり揃っていれば、だいじょうぶ、と。
それは何の根拠もなかったけれど、でも、確信にとてもよく似た色をしていた。

「それじゃあ、すぐ出来るものにしましょうか〜。
うふふ、お言葉に甘えて……エンバーさん、火を起こしたら、
じゃがいも、茹でてくださる〜？
わたしはその間に、玉ねぎとお肉を切るから〜、えぇっと……」

と、彼の手を借りながら肉と玉ねぎを炒め、
じゃがいもにはバターと塩コショウで味付けした後潰してもらい、
滑らかなマッシュポテトを作ってもらう。
それが出来たら、炒めあがって味付けも終えた肉と玉ねぎの鍋の上、蓋するように敷き詰めて。
そのまま、炭火でしばらく焼けば、ぷぅんといい香りが漂ってきた。

彼女の傍へと駆け寄って、見た目、怪我らしい怪我もないのに安堵する。
小さく息を吐きつつ、その姿を見下ろして。

よりにもよって敵の陣地内で、独りにしてしまった。

彼女の周りにいるエンブリオにも声を掛けてから、首を傾ぎつつにその姿を眺め。
ちらちらと、何となしに彼女の足元と顔とを交互に見やって。

迷子になった時は、現場から動かないこと。
……とはいえ、さっき兵士たちと戦ってずいぶん動き回ってしまったから。

比較的安全な、そしてもといた場所でもある、川べりに戻ってきた。
てちん、と草の上に腰をおろしてしばし待つ。
……そわそわしてきた。

退屈しのぎに鞄を開けて、中を覗き込む。とぷん。
あの立ち回りの間も割れずにいた、蜜酒の瓶が目に付いた。

なんたって、疲れたときには甘いもの、っていうわけだし。
この前のクッキーのお礼とそれから、探してくれているだろう、お礼。

かまどを作るべくせっせと石を積み、お菓子作りの準備を始めた。

焼きあがりを待ち、その香りを楽しんでいたら。
少し離れたところから、名を呼ぶ声と、草を踏む音が聞こえた。

弾かれたように立ち上がり、こちらからも駆け寄る。
てちてち、てちてち。おしりを振りながらの脚は、
彼が三歩進む間で一歩しか歩み寄れないけれど。
それでも無事、前に立てたら。
背伸びして、彼の頬に両手で触れようと。

心配と謝罪の言葉を並べるものの、無事また会えたこと、
そして己の予想通り探してくれていたらしいこととが嬉しくて、顔が思い切り緩んでいる。
それに自分でも気がついて、「あら、いやだわ〜」なんて身を引きかけたところで。

ずきん、と脚に、痛みが走った。
かまどからは、焦げた匂いが漂い始めている。

見覚えのあるエンブリオの姿を見つけて、口端が持ち上がる。

ざわ、と、足元の影がゆらめくように動いた。

鞄から飛び出してきたエンブリオが、くるくると回る。
回る。
回る。
２人の周りをひと回りするたび、翠の風のように透き通ったその姿が、少しずつ伸びてくる。
まるで影のように、長く、長く。
風が吹き上がる。
髪を揺らす。
ケープが巻き上がる。
たまご色の羽毛があたりに散った。
２人に並ぶように、いつの間にか並ぶ影があった。