箱を渡されて、ちょっとだけ良かったなと思うこと。

　箱がなかったら、トムとは会わなかったろうなって思うこと。そうしたら、ネクターを貰いに一揆に参加しよう、なんて思わなかったかもしれないこと。ネクターやネザーシャドーがなかったら、何もできずに死んでいたかもしれないなってこと。アルたちと一緒にエンブリオを探しに行くこともなかったこと。

　何をしていても、一人にならずに済むってこと。

◇　◆　◇

　小川の支流から少し離れた小道で、ようやく休めそうな岩陰を見つけて膝を曲げて座り込む。
　膝の上に頭をのせて、ぼーっと下を見ているとちょっと楽になれた。

　兵舎に向かう途中の道すがら、やっぱり王軍のやつらも多くて何回か交戦もした。
　王さまの姿の見えない一揆の城内で、僕たちは参戦者同士で情報を交換したり、時には協力をしながら前に進んで行く。僕は比較的、身が軽い方なので、新エリアの偵察なんかは進んで引き受ける。今回は、兵舎にみんなで進む前の偵察。

　知らない人たちとも一緒に待ち合わせしている。
　一揆のすごいところは、僕みたいなやつがこういう場所に行きたい、一緒に行く人を探してるって言う話をしても、みんなちゃんと取り合ってくれるところ。僕みたいなやつでも、ちゃんとみんな相手にしてくれるってところ。

　待ち合わせに落ち合うまでは一人の道も、最近はあんまり心配はしていない。追っ手を見かけないこともそうだけど、何よりもネザーがいるからだ。

　メルンテーゼにどうしてエンブリオっていう生き物がいるのか、ちゃんとしたことを僕は知っているわけじゃない。
　でも、エンブリオっていう生き物と契約している限り、この世界で本当の意味で一人になることはとても難しい事なんだな、って言うことだけは分かる。

　痛くて、切り傷のある腕を何回か振ってたら、ネザーに心配そうに覗きこまれてしまった。
　ネザーは傷に敏感なところがある。槌を自分の力で持つようになってから、ネザーはもっぱら、僕の鎧代わりの役割を果たしている。

　僕がネザーといつの間に契約したのかは分からないし、どうしてこいつが色々なエンブリオに姿を変えるのかもよく分かってない。
　でも、よく分からないけどこいつは分かりやすく僕を助けてくれる。
　それだけで、十分なんじゃないかなって最近、たまに思う。

　ようやくほっと一息つけて、このまま、横になってしまおうかなと思って、身体を横にしてみる。固い地面が待っているだけだと思いきや、ネザーの腕が平らになったと思うと、敷布みたいに僕を受け止めてくれた。あ、これ、ちょっと楽かも。固くない。プニョンとしてる感じ。

　ただ、食べさせるつもりはなかったんだけど、肘から垂れた血がその上に落ちてしまった。

　でも、そのときの僕は顔を上げている元気がなくて、ぼーっとネザーのうねうねした体の、尻尾の方を見つめていたのだ。
　最初に見えたのは、金色の文字だった。

　一瞬、自分の目を疑った。
　目をこすって、もう一度見る。でも、確認できたのはあまりに一瞬のことで、もうそこには何も残ってはいなかった。
　尻尾？
　いや、そもそも、僕がいつも自然と目を向けてるこれは、ネザーにとって本当に顔、なのか？

　ぐにゃんと、ネザーの身体が歪む。完全な影にもどったネザーの中から、緑色の目をしたあいつが現れる。宙に浮かぶ。
　僕は半分だけ身体を起こして、話ができる体勢になる。

　僕の記憶が間違ってないとしたら、一瞬だけしか見えなかったあれは、

　あれは、僕たちが使うのと同じ通信プロトコルだ。

ノエルの耳としっぽをちらりと見て

由緒正しいと言われて悪い気はしなかったのか饒舌に語る。
ご主人の怪我についての言及については、不機嫌になるでもなく、気遣うでもなく、
ただ「気にしなくてもいいよ」と小さく笑って言った。
そして話題の転換に付き合って…

「大体露草もご主人のものなのにさ…」と思い出したようにぶつくさ。
ノエルの虚勢に関しては意地の悪そうににんまりと笑って…

信じているという割には微妙にわざとらしく。
どちらかと言うといざ迷った時にからかうための種を作っているようだ。

味方にも逃げられそうである

その上、褒められたと思ったらしくお礼まで言ってきた。

そういう思索を楽しめるのは時間のある奴だけ、という言葉には。
そうねー、とか頷いて。

そもそもあれ野菜なの…？　なんて呟いた

少し寂しそうに言って。
種族を聞かれれば、怪訝そうな顔で

ほらほら、とマントを手でつまんでひらひらさせている。
繰り返すが、それ以外に魔王要素は見当たらない。

頬を赤くしつつ手招きするしぐさ。

翼を軽く動かして物理を無視したようにふわりと浮いてみせる。

すいーっと飛ぶその動きは滑らかだが、しばらくして地面に足をつけると
左足だけでぴょんぴょん、と跳ねるように歩く。

右足が変形しており、普通に歩くことができないようだった。
飛んで離れた距離をぴょん、ぴょんと跳ねて近づいてくる。チュン。

孤児である、と直接教えたワケではないけれど、そうだと分かるには十分だったらしい。
かと言って、それを知られることを嫌っているというワケでもなく。
聞かれさえしなければ、自分から触れることもなく。

突然居なくなったら、のたとえは、ルカにとって、とても分かりやすいものだった。
はた、として、俯いて、ふるふると首を横に振る。
この一揆について、これまでにも何度か、どうのこうのと説明してもらった中でも。特に。

それから、“ネザー”については、きょと、と目を丸くする。

布人形たちが動きまわり徐々に大きくなる