淋しくはないだろうか

怖くはないだろうか

悲しくはないだろうか


そうやって、心配するふりをして


淋しかったのは

怖かったのは

悲しかったのは ——



*　*　*　*　*


パラパラと、何かが窓を叩く音がする。
知ってる。これは雨の音。

「母さん、そと、雨ふってる」

「あらそうね…強くなってきたみたい………」



今思えば、雨の日は良くないことが沢山あった気がする。

…ああ、そうだ

あの日も、朝から雨が降っていたんだ。





「すぐに戻るから、だから……いい子にして待ってて？」

母さんが家を空けなければならない時、片親しか居ない我が家は、
姉弟２人で留守番をすることになっていた。
目の見えない私と、自我の芽生え始めたあの子。
２人いつも手を繋ぎ、お互い寄り添いながら。

そうやって一緒に居た。
いつだって一緒に。

でも今日はどこか違う。
探るように宙をさ迷う私の手を握ったのは、大きな母さんの手。
いつも握らされる、小さくて暖かなあの子の手ではなかった。

「今日は………今日は、一人でも大丈夫、よね？」

今日はあの子を連れて行かなければいけないの、と母さんは言った。
私が一人になるからだろうか。
何度も、何度も、念を押す声は今にも泣き出しそうで…
だから私は精一杯の明るい声で　　だいじょうぶ　　と答えたんだ。




今までだって平気だったのだ。
だから今日だって、たとえ一人でも、きっと平気。

そう、思っていたのに。

いつも塞がっている手が、何も握っていないことが淋しくて
パラパラと降る雨の音がなんだか怖くて
家にたった一人で居ることが悲しくて
結局、私はいい子になることができなかった。

いるはずのない２人を、床を這いずって捜しまわる。


—— どうしていないの？


私は知っている。
それでも、捜さずにはいられなかった。

後から後から、涙がボロボロと溢れて、床に零れた水がスカートを汚す。
涙は止まらず、息がどんどん苦しくなっていく。
それでも必死に這い回るうち、頭に強い衝撃を受け意識が遠のいた。


母さんに後で聞いた話だ。
私はテーブルの下で気を失っていたと言う。
どうやら私は、テーブルの脚に激突したようだった。
帰った時姿が見えなくて、とても怖かった、と言っていた。

だからだったのか、気がつくと母さんは私を強く抱きしめていた。
強く、強く。
打ち付けた頭の痛さを忘れるほどに。

「母さん、くるしい…」

さっきから、繰り返し呟く彼女の声が何を言っているのか。
それが知りたくて上げた顔に、暖かな雫が落ちる。

「ねぇ母さん、おうちでも雨が降ってるの？」

ポタポタと、いく度となく　あめ　は私の顔を濡らす。

「ねぇ母さん、ルディはどこ？」

いくら耳を澄ませても、あの子の声が聞こえない。

「ごめんね守れなくてごめんね……でもどうしようもなかったのごめん…ごめんね……」

「…母さん？」




あの日以来、彼の小さくて暖かな手は
私の手を握り返してくれることはなくなる。

そうやってあの子は呆気なく、私の世界から消えていってしまった。

言いながら、餌の取り付けを終えた釣竿をアデルへ差し出す。

そう呟く男の顔は言葉とは違い穏やかな表情をしていた。

声のする方を振り返ると、黒藍の髪を揺らした・・・

声色も立ち振る舞いも凛としていて、なんというか綺麗な人だ。

山育ち、の自信は確かに本物だった。
スィナンはゴール直前まで良い勝負をしていたが、
あと一歩のところで勝利を逃してしまった。

息をつきながら、涼しい顔をしているアデルを見る。

アデルの前にふらりと現れたのは、いつぞやの練習試合で顔を合わせた南国の少女。覚えておいででしょうか。にこりと微笑んで、少女は話を続けた。

アデルは果たしてどのような表情をするだろうか。カタリナと名乗る少女は近くはじまる闘技大会のビラをアデルに差し出し、彼女の返事を待った。

大地に大きな鳥の影が差す

鳥——…いや、正確にいうならば鳥の亜人の影だ。
人間サイズの体を支えるための大きな両翼の影が大地を滑る。

その動きがスゥーっと緩慢になり…

アデルのもとに一羽の亜人が降りてくる。

自分は何も礼を言われるようなことはしていない。
そう答えようとしてその途中に相手の落ち着かない様子に気づく。

思ってもみない質問に答えあぐね。