アルビオン島・ノーフォーク領主が代替わりして三年、
若き領主は周囲に先代よりさらに厳しい圧政を敷いていた。
重なる年貢、理不尽な取り締まり、貧しくなる生活。
民たちは困り果てていた。
　
ある日のことだった。領主の館に一匹の狼が入り込み、彼に傷を負わせた。
領主はひどく恐怖に苛まれ、これまでにした行いを洗いざらい話した。
周りを省みない贅沢な生活、自らの気に入らない者への処罰、
そして五年ほど前、スエトニア村で起こった事件。
彼は英雄になりたいが為、わざと狼の魔物を呼び、多くの犠牲を払った。
それ以来、彼は狼の報復を恐れていたのだった。
失脚した領主は駆けつけた【ドーセット角騎士団】に捕らえられ、
ノーフォーク領は同騎士団の管轄に置かれることとなった。
狼の姿はいつの間にか消えていた。

古の羊、ノーフォーク角族の末裔の住むスエトニア村では、
苦しい搾取の生活がようやく終わり、新しい時代が始まった。
村の人口のほとんどを占める羊族には、王などの指導者を立てる
習慣はなかったが、他の人間に倣って「村の主」を選ぶこととなった。
村人は皆、平凡を望む羊の習性の為に嫌がった。
そこで彼らは、村でいちばん卑しい羊族を名ばかりの主に仕立て上げた。

彼は天敵である狼の力を持つ羊族だった。
その力によってしばらくは村を放逐され、メルンテーゼという外界で
ある程度の活躍を上げた戦士だった。
ドーセット角騎士団長の養子となり、騎士の位を授かった彼は、
試練のために分割世界の彼方此方を旅した。
その中でも、メルンテーゼは時折訪れる場所であった。

そう言って、花の抜けた人影は、筋肉質なその胸部と背中に腕を回す。
接近して、ぴとりと、抜けた花弁を豊かな髭下の唇のすぼみに当てた。

にやりと笑い、背を向けると、地上に散らばったかに見えた花の群れが、少女の体を取り囲むように群がり、優しく風にたゆたう様に咲いていた。