「ヤバイって……何がですか、フランメ？　大凡の見当はつきますが、一応聞いておきます。」


難色が濃く浮かんだフランメの言葉に、ヴァルトは訊ねる。
水を被った体は白煙のように水蒸気を上げ、ブラックタイガーローバルはシュミットから目を逸らそうとはしない。変に向かってくるようであれば、迎撃するつもりのようだ。


「アー……俺な、水に濡れると力が入らねエのよ。魔力の供給も、もってアと５分が限度だな。」

「そんな事だろうと思いました！……ダメージの割にやたら身体が重くなった気がしたんですよ！」


ヴァルトは舌打ちをした。フランメが司る属性は火だ。水と相性が悪いのは明白である。
それは魔力を利用している強化外骨格も例外ではないらしく、水辺での戦闘は最悪と言えた。


「とはいえ、ここを離れるわけにもいきませんね……どうにかしますよ、フランメ！」

「どウにもならねエだろ！こんなん！四方八方水に囲まれた上に相手の攻撃は水鉄砲なンだぞ！？」

「やってみなきゃ分からないじゃないですか！ほら、行きますよ————って！？」


渋るフランメを無理やり奮い立たせてブラックタイガーローバルとシュミットは対峙……出来なかった。
牽制から攻勢に移ったローバルの放った水弾がシュミットの胴を捉えていたのだ。先の攻撃とは比べ物にならないほどの圧力に、声を上げる暇もなくシュミットは巨大な水柱を上げて川の中へと叩き込まれる。


「確かに、これは分が悪い……悪過ぎ、ですね。」

「だろ？戦術的撤退だア、大将。それしか手はねエよ。」

「ですが、一度退いてる間に更なる犠牲者が………」


川の水に魔力を奪われながらも、煮え切らないヴァルトにフランメは言葉を続ける。


「じゃあ、何か？大将は俺の魔力も、この装甲も無しにあのローバルと戦えるってのかア！？」


不意に、ヴァルトが黙り込んだ。
反論を予想していたフランメは突然の沈黙に一瞬言葉を失う。


「お、オイ？大将？……どうしたンだよ、いきなり黙りこくっちまって。」

「静かに、……今何か聞こえました。」

「ハア？……この状況で何を言い出すんだアンタはよオ。」


訝しがるフランメを遮るようにシュミットは水中で辺りを見回す。
彼の耳には、微かだが確かに彼を呼ぶ声が聞こえていた。


——ちゃ、ん……る……ん……ばる……ちゃん……！

「ほら！……聞こえましたかフランメ！？」

「チッ。……ブラックタイガーがナンで水鉄砲なンかぶっ放してくンのかと思ってたらよオ！」


憎々しげに吐き捨てるフランメを脇に、水面に顔を出したシュミットは敵の姿を目を凝らして見つめた。
モチーフとなっているブラックタイガーの他に流水のような紋様が浮かんでいる。更によく目を凝らせば、ローバルの体は半透明に透けているようだった。その中心に、小柄な人影が見える。


「どうしてこんなところにうんちゃんが居るんですかね……」


それは紛れもなくヴァルトが契約していたエンブリオの一人、ウンディーネの姿だった。
このところ姿を見かけなかったのはこういう理由ですか、とヴァルトの表情が曇る。


「さアて、どうすンだ大将。攻撃しづらくなったな。」

「ええ、そして尚更撤退するわけにもいかなくなりました。」


刻一刻と装甲を維持する魔力の限界が近づく中、シュミットは行動を決めあぐねていた。
そうしている間にも、ローバルは次の攻撃のため噴射口を備えた腕をシュミットへと向ける。するとローバルの体内に囚われたウンディーネが淡く輝き、魔力がローバルの腕へと集まっていく。


「あの水鉄砲は……うんちゃんの魔力で作られていたのですね。」

「ケッ、身内の技でやられてたなンざ笑えねエ！」


敵の攻撃の仕組みを理解したヴァルトの脳裏にある一つの考えが浮かぶ。


「うんちゃん！！こっちを気にすることはありません！ありったけの魔力を送りなさい！」


突然の声掛けに驚いたのか、ローバルの中の人影が身動ぎした。しかし、続けてヴァルトは叫ぶ。


「自分とフランメは大丈夫です！　だから、全力で魔力を注ぎ込みなさい！！」

「……！　大将、アンタまさか……！」

「いいですかフランメ、相手の攻撃準備が整った瞬間、あの水弾が発射される前に変身を解除します。
　そうしたらあのローバルの隙を作ってください。ほんの一瞬で良いです。うんちゃんを助けます。」

「………了解。」


ブラックタイガーローバルが水弾の装填を終え、改めてその狙いをシュミットへ定める。
フランメの了解を得てヴァルトは静かに変身解除へのカウントを始めた。


「５……４……３……２………今ですッ！」


ローバルが放った巨大な水弾を前に、シュミットは変身を解除。
ヴァルトは生身でその攻撃を受け、水飛沫の中に姿を消した。

……
…


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少年には言葉の意味がよく分かっていないようだった。

　褒めておるのだからむくれるでない、と、頭を撫でようとばかりに手を伸ばし。

　ちらりと襟首を引いて、寄せた胸の谷間を覗かせて。

　がしりと、飛びついて来た仔鼬の首根っこを片手で掴む。ぎりぎりと締め上げ。

　にこにこと笑っている！

　肩をすくめ、おどけるように言った。


　ヴァルトの気を反らしている間、うんちゃんに囁かれた話にはわずかに首を傾げ。

　たとえば顔に赤いものがついていたとか、他に誰かいなかったか、とか。
　と、うんちゃんに囁いて尋ね。

　殺しが絡んでおるとあらば、思い出さねば命に関わるかもしれんがの、と呟き。