お館様から直に稽古をつけてもらい、ツナちゃんは元服を前に天下無双の剣術の腕前に。

　は、ならなかったね……というか、お館様に直に稽古をつけてもらうのはもっとずっと後の話で、ツナちゃんの稽古相手はもっぱら赤い髪をしたガキ（と、言ってもその頃のツナちゃんよりは流石に大きかったけど）だった。

「お前、名前は？　」

「名前？　」

　名前を尋ねると、意外そうに首をかしげる。

「いや、あるだろ？　名字とか名前とか……」

「あー……大人達は鍛冶頭の娘って呼ぶか、巫女の子って呼ぶなぁ」

「いや、そういうのじゃなくて生まれた時に名前を貰うだろ？　」

「ん？　ああ、それだったらRightyってのがあんな」

「は？　らい……？？？　」

　どんな漢字を充てるのか……どころか平仮名で表記するのにも困るような不思議な響きに困惑させられたね。

「ああ、古い言葉で『右利き』って意味やねんけどな」

　赤い髪のガキはそう言って布でガチガチに捲かれた右腕をひょいと上げて見せた。

「……まぁ、『鍛冶屋の娘』や『巫女の子』なんて呼ぶよりはマシか……
　でも、そのRightyってのは呼びにくいから、ライチって呼ぶぞ？　」

　ライチはと言えば、特にそんな事には興味もなさそうに、布袋に綿を詰めた稽古用の刀を右手でぶんぶんと振り回している。

「まぁ、ツナちゃん自分より弱い人間に稽古をつけてもらう気はないから、すぐにお前の名前を呼ぶ事も無くなりそうだけどな」

　まぁ、ツナちゃん都では指南役から天才のお墨付きを貰ってたし、こんなガキは完膚無きまでに叩きのめして、お館様に実力を認めさせて、こんな見るからに頭のユルいガキじゃなく、お館様直々か、そうでなくとももっと大人に稽古をつけて貰おう……そう決めて稽古用の刀を握った。

らいちは影絵メイドの脇をすり抜け、大きな階段を登っていく……

普段のらいちであれば応じたであろう制止だが、今のらいちは頭に血が上っている。

見取り図から一番大きな部屋の見当をつけると、どこからか大量にあらわれた影絵メイド達を押しのけ、目指す部屋へまっしぐら。

アンティークな扉が並ぶ中、中でもひときわ艶やかに磨かれた扉の前に辿り着くと、がちゃりとドアを開けて中へ踏み込む……

ソルトの表情が驚愕に歪む。

スイートルームのテーブルを挟んで、奥には１人の女性の姿。

ずかずかと部屋の中に進んでくるらいちを止めようと、咄嗟にソルトがツナとらいちの間に立ちふさがる。

ツナはと言えばふぅと軽く溜息をつき……

椅子から立ち上がると、ゆっくりとした動作でチェストに立てかけられていた刀を取りに移動する

ツナが刀を抜き、入口からは死角になっているチェストの横で、らいちが飛び出してくるのを今か今かと待ち受ける。

ペンを受け取り、さらさらと金額とサインを書いていく。
ギリギリ読める程度に下手な字で。