ENo.896 ミリア・イグ・ルヲズ

case.1 鈍銀媒華
……
…
ある日、イアがそのことに関して研究室のモノに尋ねるところから始まる…

イ｢そういえば、この星の緯度0±10°位の位置が灰色の雲で覆われているのだが、
それについて説明してもらってもいいか？｣

｢あれか…あれのことは、鈍銀媒華と呼んでいるがイアの見てきた中でもやはり珍しいのか?｣

イ｢ああ、珍しいな。こことは違ったベクトル世界で数回しか見たことが無いしな。
それに、厳密には違う概念のものかもしれないのでここではどういうものなのか
聞いて置こうと思ってな。｣

｢そうなのか、多くの世界を見ていると、
やはり普遍的なものも特異的なものもあるだろうし…｣

イ｢まぁ、印象に残りやすいかどうかだからあまりあてにはならんとは思うし、
ベクトルの数だけ異なる法則を元とする世界があることだし
どこをどうとっても普遍的なものは存在しないが…ね。
まぁ、いってても仕方ないし、説明をお願いするよ。｣

｢そうだね。まぁ、あれを端的にいうと金属性エアロゾルであり、
さらにラフにいってしまえば金属性の霧やら埃が舞っているものと見てくれればいい。｣

イ｢ああ、それは見れば分かる。｣

｢……(ムッ)…続けるよ、
まず、この星は常に赤道位置(緯度0度)を恒星が回っている…つまりは季節が存在しない。
　この星には水銀が蒸気のように気体状態で常に漂っている。
低緯度地域では特に温度が高く、水銀以外の一部の金属も液状になっており、
そのことから、水銀以外の金属蒸気も少量ながら存在している。
　ある程度の高度まで金属蒸気が上昇すると宇宙線や埃などの刺激などで
凝結もしくは凝固し、降下する。これが雨であるわけなのだが、
低緯度地域となると少し事情が変わってくるんだよ。
　すなわち、遠心力が強くかかることにより、
ほかの場所よりも低い位置で重力と遠心力が拮抗する。
この位置が通常の凝結位置よりも低いために、
雨として降下しにくい水銀蒸気層が形成される。
その平衡位置には水銀以外の金属蒸気も結構な量が存在しており、
水銀とそれ以外の金属原子同士が衝突することでヘテロ状態での凝結が起こる。
このヘテロ凝結が多数起こることでアマルガム状の合金でできた雲になる。
　この雲のことを鈍銀媒華というんだよ。｣

イ｢ふむ……いってみれば低緯度地帯性低気圧のようなものか。
でもそのまま溜まっているだけだと鈍色の雲に覆われたままであるために、
極低緯度地帯は高温になりきらず、その両端のほうが高温になりそうなものだが、
…それに視ていた限りでは、その雲が広がったり厚くなったりしているようには
見えなかった事もあるしな。
それに、その高度まで雲とならないのであれば、気体状水銀等の原子が
その運動性によって宇宙空間に際限なく出て行ってしまわないか?
…そうなると元素が無制限にこの星の重力圏外に放出されてしまうという
根本的な問題が発生するように思えるのだが…その辺りはどうなのだろうか｣

｢そうだね。
　理由はまだはっきりとはしていないが、実際にその極低緯度地帯では、
それなりの頻度で水銀の降雨ではなく、アマルガムの降雨が確認されているから、
それによって鈍銀媒華の領域密度が一定以上にならずに済んでおり、
また、太陽光の遮蔽も有効なまでに機能していないといったことから、
極低緯度地帯のほうがややといった程度ではあるが高温になっているのだろう。
　そういった放出されている気体状元素が存在することは確認されているが、
その一方で逆に外部からの気体状元素が降り注いでいることも確認されていることもあるゆえ、
この星と外部宇宙領域間での物質収支上平衡状態にあり、
根本的な問題とはなっていないということだということで、
大丈夫なようですね。
　鈍銀媒華の領域密度が一定以上とならない理由としては、
重力と遠心力の間の微小な揺らぎにより定期的に過剰となった部分が
降下してくるということが考えられており、有力な2つの仮定が立てられています。
一つはこの星の自転速度の揺らぎにより、
遠心力が一時的に弱くなることにより領域密度が保たれているとするもの、
もう一つは重力分布の揺らぎによる、
重力が一時的に強くなることによって領域密度が保たれているとするものです。｣

イ｢確かにそれらが有力なのだろうがその揺らぎは確認されているのか?｣

｢ええ、どちらも確認されています。
しかし、どちらも確実にそれによる影響で保たれていると立証されているわけではないから
仮説というわけなんですよ。
ただ、専門家の中では自転速度ではなく重力分布の揺らぎを
有力視するものがメジャーらしいですね。
理由として、自転速度の揺らぎのみに影響されているとするならば、
自転速度の揺らぎに応じた形での降雨が鈍銀媒華に覆われた地域で等しくあるはず、
つまりは帯状の降雨を伴ってしかるべきなのだが、実際にはスコールのような形で
局所的に確認されることが多いということが挙げられている。
まぁ、重力分布の揺らぎであるとしても、
その揺らぎの頻度のことを考えると必ずしもそうとはいえない…
ゆえに仮説のままらしい｣

イ｢その二つを組み合わせたような新たな仮設は立たなかったのか?｣

｢ええ、それについても最近考えられてはいるようですが、
十分に成熟しきっているとはいえなく、
それ以外の要素についても検討しつつ仮説を立てようとしているようで現在協議中なんだそうです。
…と私の知っているのはこのくらいですが満足いただけましたでしょうか。｣

イ｢ああ、ありがとう。君もこのことに関してとても詳しいようだが、
この研究にかかわっているのか?｣

｢ええ、微力な…ではありますがね。｣

……case.1 fin.……