ENo.887 土蜘蛛

エスタを発つ早朝。
まあ折角だからと水歩も街出口までは見送りに付いて来た。

「あら。出発？早いのね。」
途中で黒髪をまっすぐ腰まで伸ばしたセーラー服姿の女性と行き合う。
蜘蛛っ子達は知り合ってから何かと目をかけられ（遊ばれ？）
最近じゃ勉強まで見てもらっているお姉さんで魅月という。

「おはよーございまーす！
そう言う嘘吐きお姉さまだって早いじゃない。」
相変わらず朝っぱから奏撫のテンション高し。元気よく挨拶する。
奏撫は魅月の事を【嘘吐きお姉様】と呼ぶようになってる。
魅月の一々思わせぶりな…相手にミスリードを仕掛けるような持って回った物言いと、気軽に虚実を口にしすぐに「冗談よ」と否定した後に「多分、ね」と付け足す言動に散々翻弄された挙句に下した結論が、
この人は【嘘吐きお姉様】一々言ってる事に惑わされちゃダメ！
なのである。
でもやっぱりからかわれ振り回されていたりするが。

「――朝早くの散歩が好きなのよ。空気も澄んでて気分いいし。
こうして、朝一で出発する人を見送れるしね。」

「ああ、朝が好きな人は大抵空気が美味しいからって言ってますね。…おはようございます。」
ぺこりと、荷物背負った葛築があくびを噛み殺しながら会釈する。
眠そうだ。この子はあまり早起きが好きではないらしい。

「…かなちゃん、出発三時間前に起こすんだもん。あと２時間…せめて1時間は寝てたかった……」
眠そうなのは早起きが苦手とか以前の問題だったらしい。

「何言ってんのよかづき！
再び世界を救う旅にでる初日よ！早起きしてウォーミングアップは当たり前！！
あのね、街周辺で実戦しながら戦闘訓練してたんだけどね、そろそろいいんじゃないかって。
また世界救助に出ようじゃないか！ってね☆」

「うんまあ、世界救出とかそんな大げさなものじゃなくて。
近隣の村に食糧配達の仕事を受けたので、行ってきます。」

「衣食住はとーーーっても大事でしょ！第一かづき、あんたいつもベルさんが作る食事にぶつぶつ文句言ってるくせに。
それにねっ大きな目標は目の前の小さな一歩からこつこつと！
食糧難で困ってる村を救うんだからこれも立派な世界救助活動よ！！」
世界救助活動よと宣言しガッツポーズ取る奏撫の背景に真っ赤な朝日昇って照らす…

「ほんっと…朝から元気だね、かなちゃん。」

「ふふ、そうね。何を成すにもまず踏み出す一歩が大事よね。
…で、そちらの方も同行するのかしら？同族の人よね、最近一緒に居るのを――目にするわ。」
魅月がひたりと葛築に視線を。正確には葛築の背後、魅月が近づくのに合わせてさりげなく視線の影に隠れるように立ち位置を変えた水歩に目を向ける。

っち、と。
葛築の耳に小さく舌打ちが聴こえ、
ぇ！？とふり向く葛築を押しのけてにこにこと水歩は進み出た。
「やあ、初めまして。ミツキさん…ですよね？お噂はかねがね。
お察しの通り、私はこの子らと同族で医者をやっている者ですよ。水歩といいます宜しく。」

「初めまして。
こちらこそ機会があれば一度お目にかかりたいと思ってたわ、水歩さん。」

「…？この子達から自分の事聞いてましたか。」

「いいえ――以前、ある人が愚痴っていたのをちょっと、ね。」

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『ん…大丈夫。
確かにマナと妖気のバランスに振り回されてしんどいっちゃしんどいがな。
一応、俺ら土蜘蛛を何百年も診てきた医者の世話にもなってるから…
それなりに安定してるよ、うん。』

『そう？ならいいけど。
…でも大丈夫って言ってる割りに不満そうな顔してるわよ？』

『…眉間に皺寄せた不満顔は元々だよ。
………わかったわかった、そう人の顔凝視しないでくれ。
医者がな、腕は確かなんだろうが
診るこっちを実験動物程度に見てる風がどうにも…苦手でなぁ。』

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「ははあ…土蜘蛛嫌いが流した噂なら、あまり好意的な意見ではなかったでしょうね。
医者としては大変不本意ですが。」

「ふふ、憎まれ役の職業だと大変ね。」

「まったくです。」

「・・・・・・かづき、気のせいかな。なんかあの二人の間の空気、怖い。」
「うん。……僕も、なんとなく恐い。妙な緊張感あるし。」

「ああ、（突然ぽんと手を打ち）そろそろ旅仲間が集まる頃合いじゃないですか？
私もお暇しましょう。依頼頑張りたまえよ。」

「はーい、いってきまーす。水歩さんも里の皆によろしくね。」

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蜘蛛っ子達はこの世界で知り合った旅仲間と街を出立し、
水歩は元の世界へ戻るべく、あらかじめ設置しておいた転送陣へ向かおうとして
足を止め振り返る。

「どこまで付いてくるおつもりですか？
あの子達はもう出発したし、貴女は私に用は無いでしょう（＾∀＾）？」

「あら、何で用がないと思うのかしら？
それとも――私は貴方に用が無いと思いたいのかしらね。」

「不老不死で不死身の呪詛を受けている貴女に医者の私は無用でしょ？」

「…不老長寿で不死身と言ってもいい再生体質のガンさん――岩絃さんにとっても興味を持ってらした方なら、私にも興味を持ってもいいのじゃないかしら？
あるいは――その岩絃さんととっても似ている葛築君に。」

終始和やかな笑顔で語り合っている双方の、片方、水歩の笑顔がわずかに強張ったような…

「葛築君は大人しくて良い子よね…でも決して痛みや辛さに鈍かったり不満や苦痛を感じない訳じゃないわ。
……いじめるのは程々にね。」

水歩はぷっと小さく噴くと強張りかけた笑顔を崩して、満面の笑みを作った。
「ははは。君は何を言ってるのかなあ。
医者が子供の嫌われるのは世の常だがね、決して虐めてるのではないですよ？
必要に応じた診察と、検査を行っているだけです。」

「そう？」
魅月はじっと水歩の目を見詰め……
目を合わせながら水歩の背中を冷や汗が一筋流れ……
「なら、いいけど。」
と、魅月は微笑んでごく自然に目をそらした。

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「酷いじゃないか朔位君。」

「……は？」
朔位は里に戻ってきた水歩に涙目で開口一番噛み付かれ目を丸くする。
「何がですか？」

「あの鬼だよ。古神の威を借りて魍魎連れ回していい気になってる鬼。
あんな怖い存在が居るならいるって最初に教えておいてくれないと困るじゃないか。
…知ってたら詭弁でも策でも弄して君の希望通り君を向かわせてあげたのに。」

…伊賦夜魅月嬢か。岩絃の馬鹿が偽りの島で引っ掻けた、古神の呪いとも祝福ともつかぬ力を身に受けた幽鬼…のような普通の人間。
私だって彼女と再び出会うと知ってれば異界へ出向く希望など出しませんでしたよ。との考えは一切ださず、
朔位は申し訳なさそうに
「あの子らのメールで彼女が現れている旨を知ったのは、貴方が出立した後だったのですよ。
…不運でしたね。」
と流す。

「まったくもー、リサーチが甘いよ。以後気を付けてよね。
岩絃も岩絃だよ！私の許可も無く私の情報を外部に流すなんて…
医者に患者の守秘義務課せられてて、患者に医者の守秘義務無いってずるくない？

ああああああもうっ！！絶対あいつ私の悪口色々吹き込んでるううう！！」

相当怖い目に遭わされたらしい。
そして、
悪口を言われるような事をしている自覚はあるらしい。
「彼女は…こちらから関わらなければ彼女も関わろうとしない人でしたよ。
（変に気に入られなければ…岩絃のように）」
後半は口に出さずに飲み込む。

「関わりまくってるよ、奏撫も葛築も！
まったく無邪気な子供は罪だね。恐れを知らない。すっかり手懐けられてるよあの様子だと。
そのせいであの子らと同行してた私まで興味持たれてしまったよーきっとーorz」

『朔位、面白い写真が届いたよ』

当主に手招きされモニターを覗く。
…岩絃があの女に抱き付かれて頬に口付けされている写真
だからなんです？と言いかけて、
写真に写っているのは岩絃ではなく葛築だと気付く。

「え？…・ぇ？これはー…」

『あまり心配してると禿げるわよ？』

「…当主？」

『彼女からの伝言、確かに伝えたよ。』

「…〜〜〜！？兄さんーっ……」

禿げやしない。別に悩んだくらいで禿げたりはしないがーっ
……心配の種は尽きなさそうである。
一人じたばた悶絶してる水歩を放置して、
朔位は水歩が帰還した報告をしに当主の元へ向かった。

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ENo.934 アルシア=フィアスさんのサブキャラ、
伊賦夜魅月嬢をお借りしました。