ENo.3483 アリス・アルスト

＋＋＋勇者アリスの手記【０４】＋＋＋

あー、そういえば思い出した。
そういえば、なんだ、確か曰くこの辺りの草原には”賊”というものが存在している、と町で聞いた。

噂をすれば、だ。
草を踏み分ける音。押し殺したような、かすかな呼吸の音。
それがもし、旅を終える前だったなら、おそらく不意をつかれていただろうが、
――”あの旅”を終えた俺にとって、そいつの気配を感じ取る事は容易な事だった。

俺が手帳を閉じ、ゆっくりと立ち上がりながら振り向くと、”いかにも”と言う格好の男がいた。
誰がどう見ても盗賊だと思うだろうその格好に、若干拍子抜けすらしてしまう。
だが、油断はしてはならない。何故なら今の俺は、勇者でもなんでもないただの人間なのだから。
弱体化しているこの能力が、未知の異世界でどの程度通用するのか、まだ判らない。

大人しく襲われてくれないか、と男は言った。
賊の目的は金銭。連中にとってはそれさえ奪えれば、交戦する理由は無いのだろう。
俺は武器を召喚した。戦う能力を持っているなら、金銭を差し出す理由は無い。
……そもそも、差し出すようなお金は持っていない。

そうして俺は、この世界に来てから初となる戦闘を行う事となった。

結果から言うならば、俺はそれに勝利した。
だが、あまり偉い事を言えるような内容でなかったのは確かだった。
どの程度の魔法が使えるのか、手探りでの戦闘だったため、ほぼ互角の勝負となってしまった。
それでも負けなかっただけ、上出来なのではないかと、思うのだけど。

今後はこの結果を元に、戦い方を検討していく必要があるな。
感覚はつかめた（と思う）から、次回は上手くできるといいんだが。
あと、町の外を歩く時は気をつけなければならない。手帳ばっかり見ていてうっかり、なんて笑えないぞ。

＋＋＋＋＋

夜が明けて、俺は地図に記した地点へと再び歩き出した。
野宿なんて随分久しぶりな気がしたな。外敵避けの結界がうまく効いてくれて助かった。

地図に、小さなピンを刺した場所。そこは例の、林檎がいる場所だ。
先日の戦闘を思うと敵うのかどうか若干怪しい所だが、まあ行くだけ行ってみよう。
負けてもそれはそれで……ウン……命までとられても”死にはしない身”だから、まあ恐れる事も無いか。
こうして言ってみると化物じみている。他の部分はほとんど人間そのものなのに。

この世界で新たに学んだこの「召喚」と言う術がどれだけ役に立つか。
確かに俺の居た世界でもそのような魔法は存在したが、俺自身はそれに手を出した事はなかったな。
その気になれば扱えない魔法などないと自負しているが、使わなかった理由は、その必要がなかったからだ。
……そう。いつも傍にいたんだ……召喚術士なら。
忘れかけていた気がする。忘れて良いのか？　忘れた方が良いのか？

物思いに耽りながら歩いていた所、俺は前方に赤い物体を発見した。
緑生い茂る森の中でやたら目立つその物体は、いわゆるヤンキー座りをしている野郎に見える。
ただ、全身が赤色に包まれていて、頭部はその、まるで林檎のよう……

「…………何だてめぇ。」

怪しい、とか言うものじゃないだろう、あれは。
林檎なのかどうかも疑問である。
っていうかタバコを吸う林檎なんて見たことも聞いたこともない、って。
どういう？　どういう怪しい実験をしたらあんな不気味な生命体が生成できるの？

「おいぃ……一服中にジロジロ見てんじゃねぇよッ！！」

林檎らしき生命体は物凄い形相でこちらに襲い掛かってきた。
か弱い（？）女の子一人相手でこんなムキムキマッチョの全身真っ赤野郎の相手をしろと言うのか。

今日ほど、単独行動を悔いた日は無い！