ENo.2904 シセ・フライハイト

「……ふぅ」

かり、と。
区切りがついたのでペンを置く。

「駄目だなぁ」

思い起こすのはここ数日の事。

勝てないのだ。全く。

誰かと、戦うなんて学校の模擬くらいで
……いいや、言い訳。

全然、ダメなんだ。私。

今まで何をしてきたんだろう

――あぁ、またへこんでた
いけないいけない

机を埋め尽くす紙々に意識を戻す。

使った魔法、使える魔法、知っている魔法
思いついたこと
ひたすら書きだして、埋めたそれら。
相性の、使い勝手の良い。引き立てあう術式の組み合わせを。
「机上の空論」　わかっている。
けれども、立てないよりは、立てる作戦。
……何もしない自由時間が、辛かっただけ、だけど。

***

いくつか、きっと使えるんじゃないかな、って案が、整った。
スターちゃんやヘキサちゃん。それから、闘技大会だとエーリカさん。
みんなの事もきちんと知って、上手く行くか考えたり、試したり
できたらいいな。

痛いのは嫌だ。
嫌だけど、痛いで済まないようなことは、嫌よりも、怖い。
ひとりじゃない。
それは、失敗すれば、私だけじゃないってこと
みんなには、……

……

***

気を取り直して！
街に買い物に出かけてみよう！
製作者のしるしをつけていたら、何人かから声をかけて貰えた。

そっか、身に着けているものでも「変わる」んだ。

私も、ちょっと挑戦してみようかな。

とか思っていたら、アシュレイさんがいた。
アシュレイさんたちも、この街に戻ってきてたんだ……
持っているもので何かできないかな、って。思い切ってお願いしたら、
いいお返事がもらえて、ちょっと、いや、かなり！わくわくしてる。
楽しみ、だなぁ

***

気持ちがとっても軽くなったので、普通に買い物をしてみようかな。
セルフォリーフは、今、たくさんの人が来ている。
それは、人だけじゃない。
物も、たくさん。
持ってきたものを売ったり、一緒に『わたって』来たり。
他の分割世界の物も、集まってくる。
そうして流れてきたものは、誰かに拾われたり、流れ流れて露店が組まれたり。
これからに必要な物を買い終えて、ふらふら見ているだけでも、結構面白い。

だけど
今日は
違った

いくつかある露店の中で、其処に目が留まったのは
引き寄せられたからなのかも、しれない

私の目の前には、一つの黒い、トランク
普通の、というには歪な形。
ハートの一片を、潰したようなそれから、目が離せない。
何か魔術でもかけられているのかと、焦ったけれど、他の人は素通りしていく。
どころか
「お姉さん、それが気になったかい？」
なんて、露店のおじさんはニコニコしながら箱を手に取り差し出してくる。
「だけどな、開かないんだよ、それ。飾り用なんかねぇ？「違うよ」
あれ、遮ったのは、私の声？
「ん？」
「違うよ、おじさん。違う」
そっと、黒い箱に手を伸ばす。
　　ちがうんだ
　　これは
「これは」
触れた瞬間、どこかで何かがはじけた音が聞こえて

私の、視界は

「おい、嬢ちゃん！？」

狭く

　　やだなぁ、　さっきは　お姉さんって　呼んだのに
　　子ども扱い　しないでよ　ね？

黒く

「　　」

　　　　遠ざかって

「　　　　」

　　　　　　　　　　　途切れて――

いとは、つながった

***

「――っ！！」

びくり、と肩を震わせた余波で、目が覚めた。
目が覚めたということは、今まで、私は

「大丈夫かい！？」

気を失っていた、みたい。
黒い箱を抱え込むように、地面に倒れている、ようだ。
周りがざわざわと騒がしい。
起き上がると、「なんだ」と、いくつかの足音が遠ざかる。

「起き上がって、平気かい？周りは、見える？」

おじさんが、支えてくれた。
人のお店の前で、何してるんだろう私。

「うん……はい。今はもう、大丈夫」
「……騒がせてしまって、ごめんなさい」

怒られるかな、と、覚悟を決めて謝ると

「いいや、無事ならいい。」
「嬢ちゃんは……きっとそれに『よばれた』んだ」

返ってきたのは、そんな言葉で

「……え？」

「偶にな、あるんだよ」
「元の世界の物に、呼ばれることが」
「嬢ちゃんもその手だろう」
「ちぃっとばかり、強く、な」

でも、これがなんなのか、わたしはしらない。
さわって、このハコがひらいたりも、してない！

困って、どうにかなるとも思ってないのに、おじさんに声を荒げる。
八つ当たりだ。わかってる。
でも、どうしたらいいのかわからなくて。

「持っていきな」
どうせ開かないんだ。置物にするにも武骨で、こうやって売れ残っている。
「何かわかったら、教えてくれればいい」
そう、おじさんは笑って。

いやいや、それおかしいような気がする！って
言いたいのに
この両腕は、ずっと箱を抱きしめていることに、気づいてしまって。
手放すなんて、考えられない自分がいて。

おじさんの笑顔に、甘えてしまった。

***

露店の主は、最後まで戸惑いながら、それでも歪なトランクを持っていった少女の背を、見送っていた。

「これ」

倒れこみながら、傷つけまいと箱を抱え込んだ少女の言葉と

「ください」

「さぁ！俺の男気に惚れた！ってやつには！」

「少しおまけしてやろうかね！」

その瞬間、確かに聞こえた

一人と一つの躍動の未来（おと）に、期待を込めて。

一連を、途中からを見ていた人達からの笑みに、張り上げた声を返し、

街の活気の一部に加わりながら