ENo.27 小川直哉

＋今回の日記はEno.124九条祐輝といつものように合わせ日記ですお。＋

夜、その日の探索と戦闘を終えた直哉と祐輝は焚き火を囲い、エスタの街で仕入れたお茶を啜りながら身を休める。
明日の移動予定、洋館のゾンビを目当てに１人ずつ順番に挑む事、などを確認し、後は眠気が襲うまでの雑談タイム。

直哉「何だかんだで、ようやく慣れてきたって感じかなー」

祐輝「ん、そーだなぁ……食事はちょっと物足りねーけど、サバイバルってこんな感じなのかねえ」

直哉「あはは、まだ食糧に割く程余裕は無いもんな。町と町の距離的にその辺もうちょい快適にできそうだけど、現状サバイバルに近いねー」

直哉「あ、慣れると言えばサバイバル生活よりもさ、感覚の方。別の自分が歩んだ経験てんこ盛りの方はどうよ、慣れた？」

それは、直哉で言う所の『可能性』
他の自分が歩んだ記憶を持ち合わせる、という特異極まりない能力に近い物を、九条祐輝もまた持ち合わせており……そのお陰で２人は初対面でありながらも、過去に行動を共にした際と同じ感覚で今を過ごす事が出来ている。

もっとも、祐輝の方は漠然とした記憶に留まっており、直哉の持つ其れと同等の物だとは彼自信も思っていないのだが……。

祐輝「……ぁー、いや、どうだろうなあ。順応性は高いほうだと自称するけど。ふとした切欠で出てくるのはこう、混乱するかなあ、まだ」

祐輝「『先のこと』まで見えるのは、ちょっとな」

直哉「……だよねー、実際その辺慣れるってより気にしないよう心掛けてる感じだもん俺も。あの現実味が薄いのに経験したって感覚だけ鮮明にって、ちょっとー……」

思わず、苦笑を浮かべてしまう。
直哉自身はセルフォリーフへ来る以前より能力を宿していたが、祐輝の方はそれこそ、この世界に来るまで発揮していなかったと伺える。
直哉からすれば、その言葉は自身が以前に感じた感覚そのものであり、先駆者として助言と……

直哉「……あ、そうだ。そういやずっと気になってた事あったんだよ。なあ祐輝？」

祐輝「あ？なんだよ改まって」

適うなら確認もしておきたい、と思える物で。

直哉「祐輝って……童貞だっけ？」

祐輝「何言ってんのお前」

第十九回
『男子高校生の非日常』

直哉「安心しろ！　リンネさんならさっきその辺の雑草が気になるってふらふら出掛けて行ったから多分夜中まで帰ってこないぜ！　聞かれる心配は不要さ！」

祐輝「ちょっ、どんだけ……いやリンネさんだし仕方ないな、本当仕方ないな！」

直哉「なんていうかあれだよ！　植物に興味津々なのはもう個性だよ！　諦めるしかないよ！　それ理由に単独行動さえ取らなければなんでもいいよもうって感じだよな！」

実際問題、リンネの単独行動については双方諦めている節がある。
いつぞや見慣れぬ植物を研究する為に、と丸一日、独断で予定を送られた際より彼女に関しては言うだけ無駄だと確信した。

祐輝「本当、何であの人俺らとPT組んでるのかたまにわからなく……ってまあいいや、危険なトコ行ってなきゃ大丈夫だろ、って……」

祐輝「なんでまた急に、その。……童貞がどーとか」

直哉「いやさ、『先のこと』が見える話したじゃん？　俺が知覚できる範囲の祐輝と会った記憶で一番歳喰ってた時って、確か二十七くらいだったじゃんか」

それは、直哉と祐輝の持つ記憶の１つ。

銃と暴力が支配する、荒廃した世界を駆け回り、荒くれ者を打ち倒しながらハンターとして活躍した朧気な物。
直哉が持ち合わせる中で、尤も成長していた可能性でもあり、双方が持ち合わせる中で、尤も異質ともいえる物。

祐輝「あー……そうだな、そのくらいだ。何でか軽々銃器扱えてた記憶あるわ、お前は相変わらず刀持ってた気がするけど」

直哉「そうな！　自分でもたまに首を傾げるよ、何であんな銃社会で刀を……ま、まあ、それはオイトイテ！」

話題を切り替えながら、直哉が笑む。
その記憶を思い返す度、どうしても気になる１つの疑問。

直哉「……クマへが今、二十七だか二十八だかその辺になってるらしいんだけど童貞童貞五月蝿くてさ、ふっとあの頃の祐輝はどうだったんだろうって疑問がですね！」

祐輝「サラッと人の経験晒すなよお前……って、ぁー？あの頃の……あの頃、なぁ……」

祐輝「……」

祐輝「な、なんか色々あったみたいだな？」

直哉「……色々あったよなぁ、バイク乗ってショットガン抱えてたもんな祐輝、そりゃーそれなりにアレコレあったよなぁ」

祐輝「ま、まあそれなりにそれなりだな！きっとな！何て言うか複雑だな、『俺』は知らない子だし……って待った、お前はどうだったんだお前は！」

直哉「そこはほら、流石に二十台も後半で御座いました故に……さておきそこだよ、複雑なんだよ！！」

祐輝「ほうほう複雑。まあ色々あるよなお互い、二十台後半だもんな、うんうん。」

祐輝「で、愛沢とはどうなってたん？確か高校時代いい感じだったよなー」

直哉の口から盛大に噴出する、お茶。
違う、違う！　そっちじゃない！　と思わず叫びそうになるが、そう否定するのは何かありました、と言うような物なので必死に言葉を押し止める。

……実際に、何かあった『可能性』もあるにはあるが、それはそれ、これはこれ。

『今』ここに居る直哉にとっては……それらしい記憶は何もない。

直哉「ちょっと待ってそっちに持ってく！？　い、いや、冬華じゃ無かったよ！　あとあの頃イイカンジだったかどうかは判断に困る所だよ！？　まあそれはさておきとして！！」

直哉「……改めて聞くけどさ、今は童貞なん？」

祐輝「チッ、違うのか、仲良さそうに見えたんだけどなー……」

祐輝「……」

祐輝「はい？」

直哉「いやさ、俺らほら、何か知らないけど別の自分の経験やら全部フィードバックされてるわけじゃん？」

祐輝「そうだなあ……お前の『可能性』については聞いたけど、こっちはワケわかんねーな」

直哉「それはあるけど、まあ状態的に似たような感じだと判断してるわけだよ、結構鮮明に思い出せるっしょ？」

祐輝「ん、だな。『経験した』ってはっきりわかる程度には」

直哉「……で、未来の経験が、割とバッチリ感覚残ってるわけじゃん？」

祐輝「……だ、だな。多分現物あれば銃器扱えると思うけど」

直哉「…………」

祐輝「…………」

直哉「俺達のこの不可思議な境遇！　果たして童貞と言っても許されるのだろうか、なあ相棒！」

祐輝「何言ってんのお前ホントに」

まず間違いなく、クマヘがこの場に居たなら祐輝と同じ事を述べただろう。ていうかホント何言ってんのコイツ。

直哉「だって！　だってさぁ！　それこそクマヘとかならどうでもいいけど！　本気で童貞な事気にしてる奴とか相手に俺も童貞ー！　って超言い辛いじゃん、言い辛いじゃん！？　言い辛いだろうよ！？」

祐輝「ま、まあ、そう……なのかな？ ……そ、そうだよなあ、な、なんだろう別に悪いことしたわけじゃないのに後ろ暗い！何でだ！？」

直哉「そうなんだよ！　別に俺達のせいじゃないんだけど、なんか俺達が悪いみたいに思えてくるんだよこれ！　嘘じゃないんだけど嘘、みたいなさ！　しかも割とついちゃイケナイ方向の嘘に思えてくるのが困るわけよ！」

祐輝「だ、な……い、言われると確かに何て言えばいいんだ今の俺達！？童貞……なんだけどよ確かに、確かに俺達はしたことないんだがその。……俺達はあの色々あった記憶をどうしたらいいんだろうな！？」

直哉「その答えは……まだ、見つかっていないのさ。それが俺の頭の隅っこにずぅっと引っかかってやがってよ……でも、今はなんか少しだけ軽くなったような気がするよ」

直哉「祐輝……信じてたぜ、お前ならこの苦悩を共有できるって、流石だよ相棒！！」

祐輝「確かに……滅多に共有できる悩みじゃないよなコレ、こんなこと滅多にあるモンじゃないからなあ……く、くっそ言われたら気になってきちまったじゃねーか相棒！？」

直哉「ハッハッハ！　祐輝もどんどんコチラ側へ来るといいのさ！　俺と一緒に可能性だの別の自分の経験とやらに悩まされ続けようぜフハハハハー！」

適当極まりない語調と共、大仰に笑む直哉。
あくまで大袈裟な素振りで笑いながらも、内心で確かな安堵を抱く。

過去現在、未来までも問わず、他の自分が歩んだ記憶と経験を持ち合わせるという事。
誰とも共有できない、特異極まりない異端。
それを数少ない……いや、唯一共有できる相手であり、その異質な記憶に於いて誰よりも頼れた相棒。

言葉を交わす、直哉からしたら『無垢』な相手達。
唯一度の生を謳歌している彼らと語る内、少なからず彼らを欺いているという直哉本人しか気づかぬ現実に、摩耗していた精神が癒されていくような、そんな感覚を覚えながら……。

直哉「……それじゃ、二十七で再会した時のそういう話について詳しく」

祐輝「……」

祐輝「えっ？」

比較的どうしようもないトークは、夜が更けるまで続き――幸いにもその日、リンネが野営地に戻ってきたのは陽が昇る頃だったという。