ENo.124 九条祐輝

　一息。
　そんな調子で、直哉と２人並んで腰を下ろす。

直哉「何だかんだで、ようやく慣れてきたって感じかなー」

祐輝「ん、そーだなぁ……食事はちょっと物足りねーけど、サバイバルってこんな感じなのかねえ」

直哉「あはは、まだ食糧に割く程余裕は無いもんな。町と町の距離的にその辺もうちょい快適にできそうだけど、現状サバイバルに近いねー」

直哉「あ、慣れると言えばサバイバル生活よりもさ、感覚の方。別の自分が歩んだ経験てんこ盛りの方はどうよ、慣れた？」

　問われて、考える。
　この島に来てからの不思議な感覚。既視感というか、『経験したこと』としての数多の記憶。
　慣れたか、と問われれば。答えは。

祐輝「……ぁー、いや、どうだろうなあ。順応性は高いほうだと自称するけど。ふとした切欠で出てくるのはこう、混乱するかなあ、まだ」

祐輝「『先のこと』まで見えるのは、ちょっとな」

　そう。
　『未来の自分』のことまで、経験として捉える感覚――
　慣れろといわれても、難しいものがあった。

直哉「……だよねー、実際その辺慣れるってより気にしないよう心掛けてる感じだもん俺も。あの現実味が薄いのに経験したって感覚だけ鮮明にって、ちょっとー……」

直哉「……あ、そうだ。そういやずっと気になってた事あったんだよ。なあ祐輝？」

　同意の言を示しつつ、神妙な顔で問う直哉。
　思わず、同じ様な顔で聞き返した。

祐輝「あ？なんだよ改まって」

直哉「祐輝って……童貞だっけ？」

祐輝「何言ってんのお前」

『男子高校生の非日常』

直哉「安心しろ！　リンネさんならさっきその辺の雑草が気になるってふらふら出掛けて行ったから多分夜中まで帰ってこないぜ！　聞かれる心配は不要さ！」

祐輝「ちょっ、どんだけ……いやリンネさんだし仕方ないな、本当仕方ないな！」

　既にリンネさんの扱いはこんなものである。
　共通認識、ということで何かもういい気がする。

直哉「なんていうかあれだよ！　植物に興味津々なのはもう個性だよ！　諦めるしかないよ！　それ理由に単独行動さえ取らなければなんでもいいよもうって感じだよな！」

祐輝「本当、何であの人俺らとPT組んでるのかたまにわからなく……ってまあいいや、危険なトコ行ってなきゃ大丈夫だろ、って……」

祐輝「なんでまた急に、その。……童貞がどーとか」

　どうにも、この手の単語を発するのには抵抗がある。
　周囲に誰がいるわけでもないのに、小声になってしまって苦笑しつつ。

直哉「いやさ、『先のこと』が見える話したじゃん？　俺が知覚できる範囲の祐輝と会った記憶で一番歳喰ってた時って、確か二十七くらいだったじゃんか」

祐輝「あー……そうだな、そのくらいだ。何でか軽々銃器扱えてた記憶あるわ、お前は相変わらず刀持ってた気がするけど」

　思い出すのは、戦時の記憶。
　覚えている限り一番成長していた自分、だけれど成長していなかった自分。
　『力』の代わりに銃器を片手に、やはりその世界でも直哉と共に駆けていた――記憶。
　そういえばママチャリ号ってあの時も、とか言いかけてやめる。

直哉「そうな！　自分でもたまに首を傾げるよ、何であんな銃社会で刀を……ま、まあ、それはオイトイテ！」

直哉「……クマへが今、二十七だか二十八だかその辺になってるらしいんだけど童貞童貞五月蝿くてさ、ふっとあの頃の祐輝はどうだったんだろうって疑問がですね！」

　哀れなクマだ。

祐輝「サラッと人の経験晒すなよお前……って、ぁー？あの頃の……あの頃、なぁ……」

　思い出す。
　思い出す。
　え、あー、なんかそれっぽい記憶が……無きにしも……

祐輝「……」

祐輝「な、なんか色々あったみたいだな？」

　……うん。
　『何か』した記憶はあった。有ってしまった。
　しかも『今の俺』は知らない子だ。意味もなく超気まずい気分に陥りつつ。呻く。

直哉「……色々あったよなぁ、バイク乗ってショットガン抱えてたもんな祐輝、そりゃーそれなりにアレコレあったよなぁ」

祐輝「ま、まあそれなりにそれなりだな！きっとな！何て言うか複雑だな、『俺』は知らない子だし……って待った、お前はどうだったんだお前は！」

直哉「そこはほら、流石に二十台も後半で御座いました故に……さておきそこだよ、複雑なんだよ！！」

祐輝「ほうほう複雑。まあ色々あるよなお互い、二十台後半だもんな、うんうん。」

祐輝「で、愛沢とはどうなってたん？確か高校時代いい感じだったよなー」

　逆襲のつもりで、告げる。
　夫婦喧嘩は犬も食わねーと言うが、同じ高校に通ってた記憶の時、確かにこいつ等はそんな感じだった。
　『何か』あったなら愛沢とだろうな、と、邪推も込めて。

直哉「ちょっと待ってそっちに持ってく！？　い、いや、冬華じゃ無かったよ！　あとあの頃イイカンジだったかどうかは判断に困る所だよ！？　まあそれはさておきとして！！」

直哉「……改めて聞くけどさ、今は童貞なん？」

祐輝「チッ、違うのか、仲良さそうに見えたんだけどなー……」

祐輝「……」

祐輝「はい？」

　誤魔化した上に戻しやがった。

直哉「いやさ、俺らほら、何か知らないけど別の自分の経験やら全部フィードバックされてるわけじゃん？」

祐輝「そうだなあ……お前の『可能性』については聞いたけど、こっちはワケわかんねーな」

　実際、『可能性』とやらを元々持ってる直哉と違い、俺はこの島に来てから発現したものだ。
　原因どころか、自分に何が起こってるのかもいまいち判っていないのが現実だった。

直哉「それはあるけど、まあ状態的に似たような感じだと判断してるわけだよ、結構鮮明に思い出せるっしょ？」

祐輝「ん、だな。『経験した』ってはっきりわかる程度には」

直哉「……で、未来の経験が、割とバッチリ感覚残ってるわけじゃん？」

祐輝「……だ、だな。多分現物あれば銃器扱えると思うけど」

直哉「…………」

祐輝「…………」

直哉「俺達のこの不可思議な境遇！　果たして童貞と言っても許されるのだろうか、なあ相棒！」

祐輝「何言ってんのお前ホントに」

直哉「だって！　だってさぁ！　それこそクマヘとかならどうでもいいけど！　本気で童貞な事気にしてる奴とか相手に俺も童貞ー！　って超言い辛いじゃん、言い辛いじゃん！？　言い辛いだろうよ！？」

　うぐ。
　そういわれると、こう、……な、なんだか気になってきたぞおい！

祐輝「ま、まあ、そう……なのかな？ ……そ、そうだよなあ、な、なんだろう別に悪いことしたわけじゃないのに後ろ暗い！何でだ！？」

直哉「そうなんだよ！　別に俺達のせいじゃないんだけど、なんか俺達が悪いみたいに思えてくるんだよこれ！　嘘じゃないんだけど嘘、みたいなさ！　しかも割とついちゃイケナイ方向の嘘に思えてくるのが困るわけよ！」

祐輝「だ、な……い、言われると確かに何て言えばいいんだ今の俺達！？童貞……なんだけどよ確かに、確かに俺達はしたことないんだがその。……俺達はあの色々あった記憶をどうしたらいいんだろうな！？」

直哉「その答えは……まだ、見つかっていないのさ。それが俺の頭の隅っこにずぅっと引っかかってやがってよ……でも、今はなんか少しだけ軽くなったような気がするよ」

　答えは見つからない。
　というか見つけちゃいけない気もする。
　というかお前そんなことをずっと悩んでたのかよ！？

直哉「祐輝……信じてたぜ、お前ならこの苦悩を共有できるって、流石だよ相棒！！」

祐輝「確かに……滅多に共有できる悩みじゃないよなコレ、こんなこと滅多にあるモンじゃないからなあ……く、くっそ言われたら気になってきちまったじゃねーか相棒！？」

直哉「ハッハッハ！　祐輝もどんどんコチラ側へ来るといいのさ！　俺と一緒に可能性だの別の自分の経験とやらに悩まされ続けようぜフハハハハー！」

　いつものペース。
　直哉のペースに巻き込まれるのは癪だけど。……ふと気付く。
　俺が感じてる違和感――それを、目の前の男は常に感じて生きてきたのだろう、と。
　それは、途方も無い孤独だ。……故意では無いにせよ、周囲を騙し続けているようなものなのだから。

　……自分に何が起きているにせよ、共有できる間くらい。……付き合ってやっても良いか、などと、思う。
　話の転換がてら、言葉を告げようと――

直哉「……それじゃ、二十七で再会した時のそういう話について詳しく」

祐輝「……」

祐輝「えっ？」

――その日、リンネが野営地に戻ってきたのは陽が昇る頃だったという。