ENo.2332 セロ＝テスタメント

六命\x87B街中冒険編
「竜の秘宝？不死の力か？さすがに眉唾もんだろ」
　眉根を寄せてうろんげな視線を投げかけるセロに、マリーエルは両手をきつく結んで、ムキになって応えた。
「そんなことないですっ。財宝の中には不死の秘薬もあるはずです」
　頬を膨らませるマリーエルには、本人の意図とは関係無く、殺伐とした日常を忘れさせる魔力があるらしい。
　子供っぽい無邪気な仕草に、微苦笑を浮かべたままセロは口を開いた。
「価値ある品だってのは認めるが、竜の秘宝とやらを一貴族が管理しているって所が、妙に成金っぽくてな。でっちあげたストーリーだろ？」
「真実ですっ」
「でもそれだと、マリーエルって竜の末裔ってことになったりするのかな？」
　隣から口を挟むのはヨシュアが、町で買ってきた乾燥芋チップをほおばりながら、なんとなしに聞いてくる。
「そうです。我が家の家紋は雷竜です。金獅子が王族の血筋にしか使用を許されないのと並んで、雷竜は偉大なる魔術師の血筋にしか与えられない高貴な紋章なのです」
「アークライト家って没落したって聞いたけどな」
「うっ」
　何気ない呟きに、瞳を揺らして頬を引きつらせたマリーエル。答えに窮すると、うつむき、肩を落して押し黙った。
「一発当ててパーッっと派手に凱旋すればいいじゃない」
　肩を叩いて満面の笑みを見せるクレアを見上げて、マリーエルはまなじりを少しうるませながら、頷いた。
　頭をわしわしと撫でながら、パチンと指を鳴らすクレア。
　衝撃が額に押し寄せる。
「うへぇっ」
　のけぞるセロを見ていたアデルが、痛そうに額を抑えた。
「今のは仕方ないよね」
「私は少々やり過ぎじゃないかと思うんですけど」
　何がそんなに共感できたのか、うんうんと頷くヨシュアの隣でエリナが呟く。
　衝撃波としてマナを圧縮してぶつけてきたのだ。
　マナを魔力に昇華させずに操るあたり、最も原始的な魔法の一つである。
　こうした原始的な魔法は、一般には呪術や占星術といった、儀式的な装置を用いる時に多用される。
　体内で生命エネルギーを用いて昇華されたマナ、いわゆる魔力と違って、遍在するマナを直接使役するのだが、これを相手にぶつけても殺傷能力はあまりない。
　が平手でぶたれた程度には痛かった。
「お、お前な……」
「不死の秘薬は竜の血ってのが定番でしょ。信憑性が増したと思って喜びなさいよ。不死よ不死、人類の究極の目標よ？」
「つぅ〜。あのな、不死ってのは、血脈として受け継がれる中にあるもんなんだ。人類は既に生きながらにして不死を達成してる。命を長らえたいってのは、ただのエゴだ」
　赤くなった額を抑えて応える。応えた言葉に続いてなにやら毒づいたのを聴き止め、再びクレアが指を鳴らした。
　今度は後頭部から衝撃を受けて前のめりにつんのめった。
「思いや文化を受け継いで生きることが不死、っていう考え方はロマンチックで好きよ。でも、女の私に言わせれば、不死って究極の美容だと思うのよね。あと、今おばさんとか言わなかった？」
「地獄耳……」
「あん？」
「苦手だよ、このお方……」
　そんな二人のやりとりに一同の笑顔が零れる。
　眉間を揉みほぐしながら苦笑いを浮かべるセロ。視線を前に戻せば、眼前の視界が急に開けた。
　眩しい光が飛び込んで来る。
　鬱蒼と生い茂る森は終わり、目の前に広がった平野には、丈の短い草花がそよ風を受けて咲き乱れていた。
「綺麗……」
「気持ちいいなぁーっ」
　陽光を受けて輝く花々が、それぞれの色で自己主張をしながらも、全体で一つの芸術品を形作る。
　そんな景色に誰と無く声が漏れた。
　祈るように両手を胸の前で組んだマリーエルの背中に、ヨシュアは指で枠を作って景色を切り出し、よし、と呟く。
「でも、美しいまま不死になれるって訳じゃないと思いますよ？」
　エリナが膝を折って足下の花をつっついた。陽光を一杯に浴びて咲く白い花だ。
　名の知らぬ花の香りに目を細めるエリナは、香りが気に入ったのか顔をほころばせる。
「まぁそうなんだけどね。女である以上は求めちゃうものでしょ？」
「私はこうやって、一瞬の輝きが連続して続く光景も、好きです。ほら、儚さって、美しさを引き立てるじゃないですか」
「老成した意見ね。若々しくないわ。もっとパワフルに生きなきゃ駄目よ？」
　憮然としながらクレアが応えると、くすりとエリナが笑った。
　少なくなってきたフィルムの枚数を頭の隅に置いて、ヨシュアが何度目かのシャッターを切る。
「エロ小僧」
「芸術です」
　佇むマリーエルを写したヨシュアは、エリナやクレアを被写体にさらに何枚か撮ると、最後に蝶を追いかけているアデルを写真に納めて満足そうな笑みを浮かべた。
「ピクニックしたいなぁ」
「また今度な」
　誰にと無く呟いたアデルの声を聞き止めて、飴を差し出す。
「むむっ」
　奪い取るように飴を掴んだアデルは、ペロリと頬張り頬を緩めた。
　甘い味に目を見張り、ほっぺたに手を当てるアデルを置いて視線を移せば、煉瓦造りの町並が目に映る。
　牧畜や農園が中心なのだろうか、目に広く映るのは放牧された牛達、その向こう側に低い屋根の家々、その奥に複合住宅や商業地区と思われる煉瓦造りの建築物が見える。中心部に行くにつれ盛り上がるように建築物が高くなっていた。
「規模はそれなりに大きそうですね。このまま町の中でいいんですかね？」
　誰にとなく問うヨシュアに、マリーエルが懐中時計を取り出して魔力を込める。
　ほんのりと光が集まり矢印を形作った。
　それは町の中心、一番大きな建物を指していた。
　思考の海に沈むように、マリーエルは大きな建築物を見たまま動かない。
　建物の屋根に取り付けられた聖女の飾りから、それが神殿であることが見て取れた。
「町の中心を指していますね。この前みたいな祭壇でもあのでしょうか。私、あんなモンスターがまた出てきたら、今度こそ駄目な気がします」
「あは、きっとあれは特別よ。それより、この方角だと、あの大きな建物の中ってことよね。聖堂かしら。で、どうやって手に入れるの？　盗む？」
　こともなげに言う自称天才怪盗クレアの言葉に、ヨシュアやエリナ、マリーエルは一様に表情を硬くした。
　鼻息を小さくセロが漏らす。人様の物を盗む行為に抵抗感があるのだろう。まぁ当然のことだろうなと、目配せすると、何を言わんとしているのか気づいたのか、短い沈黙を破ってマリーエルが口を開いた。
「交渉出来るなら、してみましょう。何より、元々は私の物なんですから」
「私の物、ね。あら、意外と強欲なのかしら」
「前は一族の物って言ってなかったっか」
　クレア共に笑いながら言うのを、少しムキになってマリーエルが応える。
「いいんです。私の物は、私の物！神殿だろうが博物館だろうが、当主は私なんですから、私の物なんです」
「おぉ、言い切った」
　おどけて肩をすくめるセロの隣で、意外そうな表情でクレアが首を軽く捻った。
「あら、貴女が当主だったの？」
「そうです」
「でもそれだと、お父様は？」
　一瞬言葉を詰まらせたマリーエルは、視線を外して小さく呟くように言う。
「……亡くなりました」
「……ごめんね。変な事聞いちゃったわね。それで……」
　時折見える空元気や、無謀にすら見える前向きさに得心の行ったクレアは、最後まで告げづに後半の言葉を飲み込んだ。その一方で引っかかりを覚えて視線を鋭くする。
　脳裏に思い出されるのは、新聞記事の一文だ。
　スカーレットバタフライ、緑神の涙を盗む。
──なら、あの記事は一体誰が出したのかしら。後ろ盾を失った忘れ形見に、政治的な反抗勢力があるとでもいうの？──
　優しい視線を向ける一方で、クレアの思考は自然と温度を下げていった。
「とりあえず、宿を探しませんか？私早く体洗いたいです」
　口をつぐんだ二人にエリナが声をかけると、アデルがけっこうな速度で町へと先に歩き出した。
「お風呂入りたいー」
「アデルちゃんっ、待って」
　慌ててエリナが後を追う。
「混浴宿探そうぜ」
「こ、混浴！？」
『ぐふっ』
　三度目は顎からだった。それも男二人揃って。
「男って最低よね」
　つん、としながら歩を速めるクレアに、気の毒そうに見つめるマリーエルが続いた。
「い、今のは不可抗力……」
　ぼやくヨシュアを一顧だにせず、女性陣は町へと向かう。
　そんな中、何故かダッシュでアデルが戻ってくる。
　顎をさする二人の前で突然セクシーポーズを取ると、ウインクした。
「あたしと一緒に入るかにゃ？うっふん」
「はいはい、慰めてくれてありがとね」
　頭を撫でるヨシュアに、何故かアデルはむっとして噛みついたのだった。
「そこはレディー扱いが基本だよヨシュア君」
　ぼつりと呟いて、頬をさすりながら、痛がるヨシュアを置いて歩き出した。