ENo.1729 常闇の森御一行様

　ENo.555様、ENo.1584氏とリンクしてるかもしれないし、してないかもしれない。

アーリィ「お店の移動？　出来ますよ？」

そんなトコだけ父親に似なくても、と言いたげなエイルの視線に気付かないアーリィのあっけらかんとした笑顔により、ガルの悩みはいとも簡単に粉砕された。

アーリィが戸棚から取り出したのは、小さな木箱。
外側に小さな取っ手がついている。　オルゴールのようだ。
蓋を開けても無音のままなのは、薇が巻かれていないのか、壊れているのか。
小箱にひしめく輝石達の中から、緋の輝きが一つ、浮かび上がる。

アーリィ「この子には、空間圧縮の術式を込めてあるんです。
このお店くらいなら、ギリギリ入れることができますよ。」

ガルの指先が煌めきに触れると、込められた力と効果が燐光を放つ文字として具現化する。

ガル「・・・なるほど、『こんなこともあろうかと』というヤツですね。」

まさか本当に使うことになるとは思わなかったけど、とはにかみ首を傾げるアーリィの横から、木箱を覗き込む中年。

テュレスト「おや、他にもイイ物が入ってるじゃないか♪」

どうやって一瞬で術式を見抜いたのか、テュレストがゆるりと手を振るえば、小箱から５つの蒼が躍り出る。

アーリィ「あ、ちょ、勝手に使わないでよ！」

アーリィの非難虚しく、四角錐を描くように浮かぶ煌めきと煌めきの間に映し出されたのは、この世界のどこかで行われていると言う闘技大会、その内のある一戦。

召喚術だの使役術だので大混戦に見えるものの、基本は３対３の戦いらしい。
その中でも一際目を惹いたのは銀の兜を被った褐色の肌の少女だった。

テュレスト「お、ナイスタイミング！
見てごらん、この子達の戦い方、面白いんだよ。」

兜の向こうで金色の大きな瞳を輝かせ、少女は先の尖った楕円の物体を駆り、戦場を所狭しと飛び回る。

と、不意に、戦場の端に設置された巨大な板が、戦場とは違う風景を映し出す。
それは、森を疾走する見慣れた巨大な銀狼の姿。

――異世界からやってきた喫茶店、二階は宿として提供―
　　　　　　　　　　　　――『看板犬狼が、あなたの元までお届けします』

　　喫茶店 MANA　！！

大々的に宣伝されたのは、なんと彼らが今いるこの店。
ご丁寧に、店内の黒板に書かれた謳い文句を一字一句誤ることなくデリバリーサービスまで紹介してくれている。
映像に合わせ、褐色の少女は高らかに声を上げる。

「あちらのスポンサー様は常闇の森御一行様のログハウスの喫茶店！
　店主さんの趣味で、魔石の作製も受けつけてるって話だよーーーーッ！！」

◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇

？？「跳ばされた先だってのに随分と楽しそうだなぁ、おい？」

その様子は、『彼ら』が『跳ばされた』セルフォリーフとはまた別の世界でも映し出されていた。

そこは『彼ら』が元いた世界、リーヴェルディース。
静かにたゆたう湖面、その岸に近い一角に映し出された義兄の姿に、錆色の髪の子竜は、その姿に見合わぬ低い声で独り言ちた。

？？？「リオ、気持ちは分かるけど落ち着いて。」

その隣で腰を下ろし、兄の勇士（？）に呆れていた銀髪の青年が、少女をたしなめる。

リオ「十分落ち着いてるつもりだよ。
・・・あいつらが店ごと消えて、２ヶ月？　３ヶ月？
とりあえず、そんだけ経ちゃぁ嫌でもな。」

やれやれ、と肩を落とし溜め息をつく竜の少女。
『彼ら』の世界――リーヴェルディースでは、既にセルフォリーフの５倍近くの時間が過ぎていた。

リオ「こないだみたいに何人かだけならまだしも、店ごととか・・・
どうしてこうなった。」

？？？「ガルとエイルがいないから、リオの成長予定が狂っちゃったね」

リオ「それもあるが・・・、いい加減アーリィの菓子がだな。
や、ルk――お義母さんのも美味しいけどさ。」

？？？「うん、それは切実だ。」

大切な友人、家族、師・・・そして何より、彼らが提供するサービスが異世界に奪われて久しく、幼い竜とその保護者は、甘味に飢えていた。

リオ「・・・まぁ、あいつらが跳ばされた先と、跳ばされた先でも選手のスポンサーになれる程の余裕あるってのが分かっただけ、よしとしようか。」

少女が先程とは違うニュアンスの溜め息をついた時、湖面に映る戦場のモニターに、黒装束の男女二人組が映し出された。

リオ「・・・おい待て、ヤな予感すんぞ。」

　――男も女も老いも若いのも大歓迎。安心と信頼の来世を提供いたします！―
　　　　　　　　　　　　――『経験豊富な死神夫婦が快適な輪廻の旅路をお送りします！』

　　ソウルテイカー　　！！

「腹、決めたら死後旅行はソウルテイカーのマグナ＆ラディス夫妻に相談！
　GOOD！　LUCK！！」

？？？「こ、れは・・・。」

ある意味予想通りで予想外の展開に絶句する青年の横で、

リオ「やっぱりあの２人もか・・・っ！
ってゆーか、実際に黄泉路案内された側としちゃGOODもLUCKもへったくれも無いわー！！」

少女の、少々的を外れた怒号が、湖に虚しく響いた。

◇　　　　◇　　　　◇　　　　◇

ストラ「誰だーー！！！」

テュレスト「はーい♪」

ラディス「はーい。」

一方、セルフォリーフでは看板犬狼の怒声が響いていた。
誰、とは無論、彼らの店をスポンサーとして登録した犯人である。
自分達の宣伝に嬉々として魅入っていた中年と女性が悪びれも無く手を上げる。

ストラ「あー・・・、まぁ、あんたはいいとして。」

謳い文句のどこからつっこんでいいのか分からないのもあり、別の世界の住人である死神夫婦は置いておく。
ぽん、とテュレストの両肩に手を置き、

ストラ「なぁおっさん、俺の仕事、知らねぇワケじゃ、ねぇよなぁ〜？」

凄みを利かせた笑顔で、言葉を区切るたびに肩を掴む手に力を込めてゆく。

テュレスト「い、痛い痛い！　痛いってｂ」

ストラ「俺が、今まで、どんだけっ！」

そのまま前後に激しくシェイク。

ガル「ストラさん、気持ちは分かりますが――」

テュレスト「あ、ばば、ばばばばば、あぁん、ストラ君そんな、激しくしちゃ、らめｌ」

ストラ「キメぇよ！」

骨が軋む程の痛みに悲鳴を上げながらもユーモアを忘れない姿勢は大したものだが、ベクトルが悪い。
中年の発した甲高い声のあまりの気持ち悪さに、ストラは掴んだ肩をそのまま横へずらし倒す。

アーリィ「・・・今のは仕方ないんじゃない？」

ガル「そうですね。」

しかし、テュレストは肩を回しながらあっさり立ち上がる。

テュレスト「もー、知らないわけないでしょ。
ストラ君のお陰で、私達は『ヒト』として出歩くことが出来てるんだから。」

ストラの『仕事』とは、世界を構成する部品である彼ら『調律者』を彼らの力を狙うモノ全てから保護・隔離すること。
無論、彼らを守る自分自身も隠す対象に入る。
しかし、この通りとても活動的な彼らを目立たせないのは至難の業。
『調律者』を守る『籠』である『常闇の森』の外で、彼らの『調律者』ではなく『ヒト』しての生活を保障するため、ストラは裏で各方面へ様々な手回しに奔走していたのである。

が、

テュレスト「でもさーぁ？
この世界に跳ばされた時点で、お互い仕事も何もあったもんじゃないでしょーよ。」

ストラ「ぐ・・・。」

そう、ここは異世界。
『調律者』を狙うどころか、存在を知る者すらいない。
もし知られていたとしても、自分の属する世界から出た『調律者』に行使できる力など無きに等しい。
彼らを狙う『敵』がいないのなら、守る必要など無いのだ。

それは実質・・・

エイル「あぁ、今のストラは無職同然なのか。」

ガル「エイルっ！」

ガルが慌てて止めに入ったが、禁句は発された後だった。

ラディス「でもですね、ストラさんはデリバリー犬兼、マスコットとしても働いているんだから、実質無職ではないでしょう？」

ストラ「犬言うな。
そもそも、配達係はこっち跳ばされてからだっての。」

マグナ「結局は配達員を自負していないか？
兼職の看板狼として、無職よりはいいと思うぞ。」

ストラ「状況が状況だからな。　あくまで臨時だよ。
そりゃ、昔みたいにここに住んでたならそれでもいいけどよ。
『あっち』に戻ったら続ける気ねぇからな。」

ストラは元々、アーリィ達同様MANAの居住区で暮らしていたが、前述の『仕事』に就いてからは故郷の集落に戻り、居を構えている。
今この場にはいないが、店長である母親とも別居しているため、店長の息子とは名ばかりで、今はむしろ常連客なのだ。

アーリィ「あら残念。
ガルさん含めて正式にスカウトしようと思ってたのに。」

ストラ「・・・勘弁してくれ。」