ENo.150 ダーク＝ブラッドペイン

『ダーク＝ブラッドペインの表裏』

　ミラージュの日付『PC2268.07.14』。次元、世界不明――

　ミラージュ独自の技術である『生体機械核(サイバネティクスコア)』、
通称『核(コア)』と呼ばれる球体状の機械はただの機械ではない。
　既存の機体に組み込むだけでは何の役にも立たないが、核を組み込むことを
前提に設計された機体は、ある特性を得られるのである。
　ミラージュの合金『ミラル鋼(こう)』と『核』が合わさる時、機体は
自己再生……自己修復の特性を持つのだ。まるで生物であるかのように、
多少の破損なら直ぐに治してしまうのである。
　以前の俺なら現実離れした技術だと一笑に付しただろう。しかし、現実に
この目で確認した以上、この特性を認めざるを得ない。
「自己修復機能があるから多少の無謀は可能だろう」
「ぐす……自己修復出来るからってロボット虐待だ！　大破したら回復も
追いつかないし、単機で突っ込んだって勝算はないぞ！　機械人の人権無視だ！
レイガの人でなし！」
　エクスの瞳から大粒の光の涙が零れ落ちた。
「泣くな。誰が単機で突っ込むって言った。俺もそこまで馬鹿じゃない」
「ぐすぐす……そう言って突っ込ませる気だろ」
「言っただろう。アンクが悪なら、俺も悪だって。正面から挑むだけが
戦いじゃない。悪には悪なりの戦い方があるさ」
　エクスの涙がぴたりと止み、頭部のアンテナがしなって揺れた。
「物理には論理をって言ってたやつか？　裏のレイガの御登場ってわけだ」
　クルゥに出会い、正義の味方の真似事をする羽目になったが、本来の俺は
正義の味方とは対照的な存在だった。クルゥの平手打ちを食らうまでは。
　アンクを救うためならば、一時的に悪に戻るのもやむを得ない。
「そういうこと。悪には悪で立ち向かえばいいのさ。正義の味方は救出がお仕事。
正義の味方をするのはエクスに乗ってからだ。アンクと対峙する時だな」
「……それでも無謀だが、少しの勝算はあるのか？　でも、悪事には絶対に手を
貸さないぞ。悪のレイガには協力しない。オレのマスターも協力を許さない」
　腕を組んでそっぽを向く。
「いいさ。アンクを救出出来るなら」
　アンテナがゆっくりと大きく前後に揺れた。思考中の仕草だ。
「…………オレとしては悪事に荷担しないなら、協力してもいいと思うが……
個人的な願いとなると協力は判断しかねる。マスターに許可を取って貰えないか。
でも、ダブルミラーから許可を取るのは難しいかもな」
　ダブルミラー。クルゥを通じて俺を雇った組織だ。
「……内緒って駄目か？」
「駄目に決まっているだろう」
「判った。じゃ、早速クルゥ捜しを再開するか」
「おう。マスターとへっぽこロボットを捜して、さっさと元の世界に帰ろう。
話はそれからだ」
　へっぽこロボットとはアークのことだ。エクスは自分と同じ制作者……
クルゥによって作られたアークをライバル視している。しかし、アークはクルゥの
製作と言っても、元はブラッド博士が基盤を築いた為、エクスこそがクルゥの
完全なオリジナルであることを常に強調していた。
「お？　漸く来たか」
　上空を一体の機体が旋回する。白いボディの人型のロボットだ。
「あ。ピュアちゃんだ」
　エクスが頬を薄桃色に染めて、白い機体……ピュアローゼに手を振った。

　やや白い肌にエメラルドの瞳、薄桃色の口紅を塗った艶やかな唇。内巻きの金髪を
胸部まで伸ばして両肩に流している。白地に青いラインが入った戦闘用スーツに
身を包んだ女、コーパイラだ。
　コーパイラの姿を確認するとエクスはすぐに本体へ戻った。彼女の機体には
気があるが、パイロット本人は苦手なのだ。
「……あらあら。エクスちゃんに似た機体だと思っていたけど、よく見たら
貴方はレイガじゃないの。噂ではルシファの魔神と戦って戦死したと聞いたけど
しぶとく生きていたのね」
　彼女とは因縁があった。彼女は笑みを浮かべる。
「生憎、エクス共々生きているよ。どうしてもお姉さんのお誘いが忘れられなくてね。
地獄から逃げ出してきたんだ」
　熱烈な愛の告白と執拗な追跡。忘れようにも鮮烈に焼き付いて忘れられない。
「相変わらず戯れるのがお好きね。でも、生きていてくれて本当に嬉しいわ」
　妖艶な笑みは崩さない。しかし、その瞳は飢えた獣のように鋭い光を宿していた。
「貴方を倒す機会が巡ってきたもの」
「大胆だな。お姉さんに倒されるのも悪くはないが、俺は押し倒すのが好きだな」
「うふふ。その前に跪かせてあげるわ。次こそ貴方を倒して、エクスちゃんを私の
モノにしてあげる」
　彼女はエクスを見上げる。やり取りは聞こえている筈だが、エクスは何も
喋らなかった。
「エクスの何が気に入ったんだか。無愛想なロボットより俺と付き合う方が
面白いと思うけど？」
「全然駄目よ。貴方は全然可愛くないもの」
「あ、そう。可愛く……ね」
　どちらかと言うと、彼女はエクス本体よりもサポート用のロボットである
ミニエクスに興味があるのだ。勿論、エクスに搭載されている核も狙っている。
「ところで、お茶のお誘いをするために休戦するのではないでしょう。
宇宙から海上に出てしまったことを説明してくれるかしら？」
「あぁ、お姉さん……アンタも面倒な時に戦闘を仕掛けてくれたもんだよ。
少々、厄介な状況なんだ。落ち着いて聞いてくれよ」
　俺はエクスを見上げる。胸部から覗くコックピットからミニエクスが
顔を覗かせていた。
「現状を説明するから、ちょっと手伝ってくれ」

　エクスが映像を消した。機密に関わる箇所は省いて説明したが、
現状を理解したようだ。
「……というわけで、オレ達の世界ではなく、ここは異世界なんだ」
　コーパイラの笑みは既に消え、険しい表情に変わっている。
「いつも貴方と一緒にいる科学者のお兄さんが居ないから、
彼の方が死んじゃったのかと思ったけど、そういう訳だったのね」
　彼女は少し間を置いて溜息を吐いた。
「ミラージュの新兵器の噂は聞いていたけど、そんな夢の様な兵器だったなんてね。
で、初めての使用ってことだけど、私達が帰れる保証はあるの？」
「ない」
　エクスはきっぱりと答えた。
「何ですって？」
「テストする間もなく搭載されたんだ。いつトラブルが発生するか判らないし、
安全な装置だという保証はない。これはマスター捜しと実験を兼ねた使用だ」
「何でテストしなかったのよ」
「仕方がないさ。ダブルミラーは厳格な割にせっかちな組織だからな」
　エクスの代わりにそう答える。
　組織としては単に時間がなかった。俺は組織にとって使い捨ての駒に過ぎない。
クルゥもアークも組織にとって必要不可欠だが、未知の新兵器に主に最前線で
戦える戦力……貴重な戦力を投入することが出来ないのだ。
「……面倒なことに巻き込まれたわね」
　彼女は空を仰ぐ。
「これに懲りたら賊なんてやめろよ。綺麗なお姉さんの仕事じゃないぜ」
「嫌よ。私はもっとスリルを味わいたいの。命懸けのスリルをね」
「戦闘で死ぬことになっても？」
「覚悟の上よ。普通の人生なんて真っ平御免だわ」
　髪を掻き上げて、微笑みを見せる。
「レイガ、貴方なら私を十分に満足させてくれるでしょ。この面倒な状況も
中々好きよ。ゾクゾクしちゃうわ」
「……そうかい。俺も別の意味でゾクゾクするよ」
「ふふっ、何それ？　いいわ。元の世界に戻るまでは休戦よ。貴方に協力するわ。
その代わり私にスリルを頂戴」
「あぁ、早速スリル満点のゲームに招待してやるよ。厄介な地点に
行かなきゃならないからな」

　都市を囲むように等間隔に立てられた柱は即座に姿を変えた。外に向かって
中心部よりやや斜めに折れ曲がり、放射状に広がった。広がった柱は薄緑色に
発光し、発光は都市を囲むように広がっていき、都市を覆い隠してしまった。
　三角形の光が、いくつも繋ぎ合わさって半球状に覆っているようだ。
　あれがこの都市の防衛システムだろう。
「あのシールドをどうにかしないと、ポイントに辿り着けないぞ」
　エクスが小さく舌打ちした。
「都市のど真ん中だもんなぁ……っていうか、シールドで防衛しつつ、
内側から実弾の攻撃が可能って、どんな技術を使ってるんだよ。あり得ねぇ」
　実弾の雨を回避しつつ、侵入可能な場所を探す。
「……いいえ、シールドを張った状態で攻撃しているんじゃなさそうね。
そう見せかけているだけよ」
　コーパイラが言った。彼女の機体と音声通信が可能な状態にしたままだった。
「失礼かもしれないけど、見た目に反して科学技術の発展は遅いのかもよ」
「どういうことだ？」
「シールドをよく見て」
　彼女の言葉にエクスが答えた。
「三角形のシールドを複数展開させているが、隣接するシールドの間に隙間がある」
「そう。エクスちゃんの言う通り。攻撃用の隙間があるのよ。攻撃は激しいと思うけど、
隙間を通るサイズの攻撃しかこないの。隙間を上手く突ければ、あのシールドは
消えるんじゃないかしら」
「コーの言う通りだ。隙間からしか攻撃してこない」
　よく確認すると、二人の言う通りだった。シールドには一部隙間があった。
「エクスちゃん、コーって何よ。省略するなら可愛く呼んでよ」
「コーでいいじゃないか。オレは判りやすくて、親しみやすいぞ」
「判りやすくても、可愛いのがいいわ」
　攻撃を回避しつつ、隙間を探しているのだが、いつの間にか二人の下らない
言い争いが始まってしまった。
「……面倒な姉さんだな。パイでいいだろ。つーか、二人ともシールド突破に
集中してくれないか」
「貴方に言われると何だか変な気分ね。いいわよ。パイで。コーよりましだわ」
「オレはコーが呼びやすいけどなぁ」
「この話はもう終わりだ。エクス、『DL(ディメンションリンク)システム』の
起動を頼む。俺がシールドを破る。パイは後方から援護してくれ。
シールドを破ったら、一気に突破する」
「了解」
「判ったわ」
　エクスを加速、空高く上昇させる。
「行くぞ！」