ENo.1415 レア＝シュテンベルク

紅葉「あれ？レアとあの子が居ないみたいだけど」

太陽が真上に昇りきった昼頃のこと。
提示連絡を終えて野営地に戻ってみると、一人まったりとしているシフォンを発見した。

シフォン「二人とも依頼先にお出かけ中ですよーぅ」
紅葉「ああ、……作製ね」

そう言えば昔はあたしもそんな事をしてたな、と懐かしい気持ちに浸る。

紅葉「シフォンはもう終わったの？」
シフォン「……ほとんど依頼がにゃかった……」
紅葉「あー……」

どうやら拙い事を聞いたらしく、シフォンは見る間にテンションが下がってしまった。
そういやレアが「出したら早々に枠が埋まった」とか言ってたっけ。

シフォン「どうせ私はレアちゃんと違って要らない子なんですぅ」

あたしの考えを読むかのように、レアを引き合いに出していじけ始める。
まあそんな落ち込むな、とシフォンの肩を叩いた。

紅葉「そういう日もあるってば」
シフォン「はふぅ。……クレハさんもお茶にしますか？」
紅葉「ん、と。…うん、頂く」

三人揃っているときは少し離れた場所にいる事にしていたが、
二人が出払っている手前、あたしはシフォンのお誘いに乗ることにした。

・・・。

シフォン「ところで」

シフォンの淹れたピーチティーを口に運んだところで、シフォンがそう切り出してきた。
あたしが何？と聞くと、シフォンは、

シフォン「レアさんとはどうやってお友達になったんですか？」

と、レアとの馴れ初めをあたしに尋ねてきた。

紅葉「え、レアのやつ何も話してないの？」
シフォン「あ、いえっ、そんな事は無いのですがっ」

クレハさんからもお話を聞いてみたいのですよ、とシフォンは言う。

紅葉「あたしは構わないけど、そんな面白い話は出来ないぞ？」
シフォン「そんなこと無いですよ、お友達のお話なんですからっ」
紅葉「それってあたしの事？それとも、レア？」
シフォン「えっ」

あの、それは、とわたわたと手を振るしぐさに苦笑いをしながら、

紅葉「最初の話は、今から二年…いや、三年かな。あたしがまだ小学生だった頃の事だけど」

あたしは自分の記憶を手繰るように、空の向こうの雲を眺めながら話し始めた。

・・・・・・。

最初にレアと会ったのは、今から数えて、三年ほど前のこと。
その日の前日は臨海学校の最終日で、あたしと幼馴染の茅華（ちか）は、
旅客バスから自宅までの道のりを、二人で歩いていた。

そのまま別れて自宅に帰る予定だったあたしだが、その道すがら、
母から「急な仕事が入ったから戸締り宜しく」と電話を受け取る。
そんなあたしに、茅華は「なら今日はうちに泊まっていって」と言ってくれた。

茅華の家とあたしんちは家族ぐるみの仲。
加えて茅華の家は、使用人を束で抱えるくらいの大豪邸。
母の了承も二つ返事で得て、あたしは茅華の家で、もう一日の外泊を楽しんだ。

そして、翌朝。

？？「―――……」
紅葉「えっと……、……だれ？」

目を覚ましたあたしの頭上に、隠しきれない好奇心に輝かせる子供の視線があった。

茅華「昨日は私も知らなかったんだけど……」

あたしらが修学旅行に出ている間に、この家には親戚の子が用事で来ていたと。
茅華の話の簡単な部分を纏めると、どうやらそういう事らしかった。

レア「おはつにおめにかかる。わがなはレア、きでんとおあいできたたしょうのえん、うれしくおもうぞ」

……ちっちゃい背筋を真っ直ぐに伸ばし、少し舌の足りてない口から、
それまで聞いたことのない様な難しい日本語をすらすらと話す、小さな外国の女の子。

レア「そちはクレハともうすか。……うむ、よろしくおねがいつかまつるぞ」

あたしより小さいのに、どこか大人びた仕草で、握手を求めるレア。
あたしとレアが出会った最初の日の事だった。

・・・・・・。

紅葉「あのときは最初、枕元に仏蘭西人形でも置かれてんのかと思ったわ」
シフォン「ちっちゃい頃のレアちゃんですかーぁ。見てみたいなあ……」
紅葉「写真あったかなあ、そういや」
シフォン「わぁっ、今度見せてもらっていいですか？」
紅葉「あはは……レアが嫌がらなきゃね」

・・・・・・。

その後、レアの家族と茅華の家族とが集まり、大座敷での食事会が始まった。

あたしは場違いだし別で良いと最初は断ったのだが、どちらの親も相当にフランクな人で、
「年頃の娘を一人で食事などさせられん。どうか一緒に賑やかそうではないか」と言って聞かず。
終いにはあたしも折れるしかなく、それに参加する事になった。

レア「のうクレハ、これはなんだ？どのようにしょくせばよいのだ？」

というか、レアの横に配置された。

紅葉「あたしはお守りか？」
レア「？」
紅葉「ああいや、うん、これは茶碗蒸しと言って……」

会のさなか、両家の親同士が話している事は、難しくて良く分からない事が多かったが、
ひとつだけあたしにも分かる話題があった。それは、レアの言葉遣いについてだ。

最初あたしも、レアの言葉遣いが無駄に古風だったと思っていたが、その原因は、
どうやら、祖母から祖母の代の日本語を学んでしまったが、直接の原因らしかった。
（……これは後から知った事だが、祖母は「その方が愛いかろう」とわざとやったらしい。半端ない人だ。）

そういった理由から、レアの日本語を何とか矯正したいご両親は、同じ子供たちと遊ばせる事で、
自然と直させたい。ついては、茅華たち姉妹の力を借りたい。と、そういう話だった。

話を聞いたレアが「この家の者とか？」と聞くと、両親はそうだと頷く。
それを聞いたレアは、「おお」と感嘆のため息を漏らしてから満面の笑顔で――

レア「なら、わたしはクレハがよい！」

と、あたしの腰に抱きついてきたのだった――。

・・・・・・。

シフォン「なるほどっ、それでレアちゃんの先生さんになったんですねー」
紅葉「それでオッケー出しちゃう、茅華ん家とレアん家も大概だと思うわ」
シフォン「それだけ信頼されてるって事ですよーぅ」

後日茅華に聞いた処によると「あたしが一番ラフで、等身大な話し方をする」と言うのが決定打だったらしい。

ちなみに、あたしの母親も反対しなかった。というか賛成した。
理由は「爪の垢を毎日煎じて飲ませてもらってれば、ちったあ賢くなるだろう」だった。

酷い親もいたもんである。

紅葉「あたしがあの家の子じゃないって言っても、悲しそうな顔をするもんだから断り切れなくてね……」
シフォン「クレハさんは、昔からやさしいお姉ちゃん子だったんですねー」
紅葉「『ダメなのか…？』って、こう、上目遣いされたら、美少女愛好家としては断れる道理が」
シフォン「聞かなきゃよかった！」

・・・・・・。

そうして、レアがあたしの家に通う生活が始まった。

そもそも生活する世界が違いすぎるんだし、そんなに長くは持たないだろうと、
高を括っていたあたしだったが、雨の日だろうと風の日だろうと、
レアが定期的にあたしの家を訪問する事を欠かす日はなかった。

……どうにも、あたしの周りには真面目な子が多すぎて困りものだ。

レア「ではクレハ、今時と言うのは何時（なんどき）を指して云う言葉なのだ？」
紅葉「いや、今時ってのは最近ってこと。今時の若者とか」
レア「この前見た、なんとかなうとは違うのか」
紅葉「あれはレアにはまだ早すぎるから。忘れて」

一月が経った頃には、レアは実に多彩な表情をあたしに見せるようになっていた。

子供っぽいところはちゃんと子供っぽいのに、考え方と言うか見方と言うか、
そういった辺りが、あたしよりも断然しっかりしてた事には、素直に感心もした。

そうして半年も過ぎた頃には、言葉の矯正なんて名目など抜きにして、
あたしはレアと一緒にすごす時間が、ごく普通の生活の一部になっていた。

・・・・・・。