ENo.1337 コルト・イサキリ

刀を振る。
現在は夜半。
森の中に二人きりという、なんともこうホラー映画にありそうなシチュエーションだと思いながら、夜の番をしている。
この夜の番も、慣れているかつ睡眠時間少なめで多く活動できる僕が適任だから、と言って僕一人で毎日やる予定だったのだけれども、月子さんからの猛反発により、交代制を取っている。
あのときの月子さんは凄かった。
慣れていないからと言って僕一人でやろうとしたが、彼女は頑として交代制を望んだ。
その後口論すること三刻。
朝食の途中から昼食までの時間を掛けて熱弁討論をする羽目になった。
どうにか、僕が2、彼女が1の時間配分で交代制になることに決まった。
僕が2というのは僕が全力で勝ち取った部分である。
互いに体力を均等に温存すべきで、体力のあって経験のある僕のほうが長くやらなければ、互いの体力を均等に温存できないのではないか、と言葉をひねり出せたのはわれながらファインプレーだと思う。

「いや、本当にあの時は凄かったなぁ……」

焚き火からちょっと離れた場所、寝息を立てて寝ている少女をみて苦笑をもらす。
完全に寝入っているようだけれども、これは信頼されていると受け取っていいものかどうか。
そんな先のないことを考えながら、刃を振るう。
手にしているのは刀。
短剣の修練はすでに終わり、その結果として近くの木からは幾本ものナイフが生えている。

「それにしても、こっちはどうにも慣れないね」

横に薙ぎ、そこから一歩踏み出し、薙いだ刀を突きの姿勢に強引に持っていき……突く。
一回目の薙ぎで相手の長物を弾き、その間に相手の間合いの内に体を押し入れて、最後に体の勢いを乗せた突きを撃つ。
それらを想定した動きではあるものの、僕の中の仮想敵には負けてしまった。
仮想敵は、武器を弾かれたと見るや武器を捨てて素手で応対し、間合いをつめた僕の体から腕を取り、ぶん投げた。

「……未熟、か」

つぶやく。
戦場で鍛え上げられた技術、それが石原桐流。
ならば相手がどんな行動をしてきても、対応しなくてはならない。
だけど僕が使える手札は少ない。

「なら、混ぜるか」

だから手札を増やす。
今度は右手一本で刀を握る。
左手は遊ばせてるように見せる。
仮想敵は、再び笑ってこちらを見ている。

「石原桐流、コルト……参る」

呟いて、気合を入れてから駆け出す。
姿勢を低くし、下から上へと薙ぐように刀を振るう。
仮想敵はそれを迎撃、こちらを押し込もうと上段からの振り下ろし。
彼女が扱うのは刀。
それも本来は抜刀術を扱う。
だが、上段からの振り下ろしできたということは……この一撃で仕留められると思っているのだろう。
実際、僕の中の仮想敵の力量であればそれで終る。
このままで、あれば。

「胸尖」

呟いて、左手を振る。
袖に仕込まれたナイフは、そのままの勢いで飛び出して仮想敵の体の中心……人体の急所の一つに向かって飛ぶ。
仮想敵はその瞬間、後ろに飛びそのナイフを迎撃する。
僕の刀は圧力から解放されて自由になる。
だが、その刀は届かない。
だから、腰に佩いている肉厚のナイフを左手一本で引き抜きながら投げつける。
その行き先をにらみつけながら、駆け出す。
仮想敵が再びナイフを迎撃し、ナイフは上に跳ね上がる。
それを確認して、体を捻りながら地面を蹴り飛ばす。
回りながら宙に浮く体。
回転のその勢いのまま、右手に握った刀を仮想敵に向かってぶん投げる。
上からの攻撃に、仮想敵は笑って横に一歩、刀を避ける様に体をずらす。
それを確認し、その横の空間を刀が通り抜ける、その瞬間。
僕は右手を引いた。

「……はぁ、たぶんコレも駄目だろうな」

着地してから呟く。
右手の中にはワイヤー、その先は刀の柄に繋がっている。
これを引いたことで、あの時刀は横に回転して、その刃は仮想敵の首を狙ったはずである。
実際僕の中ではあの状態から避けるのは難しい、と思う。
だけど、所詮『難しい』止まりなのである。
そこに絶対はないと知っている、けれども。

「せめて、至難の業と言われる位ではないと、か」

ため息一つ。
失いたくないものを護るには、どれだけの力が必要なのか。
先の見えない道をずいぶんと歩んできた気がするけれど、先は見えない。

「さて、まだ時間はあるか……」

彼女を起こす時間まで後しばらくあることを、焚き火の火を見て判断する。
これからの修練は彼女を起こし忘れる危険があるため道具の整理に留めることにして、地面に座り込んでコートの中にあるものを広げていく。

水につければその水を聖水に変える、異世界の聖石。
祝福があるように、と異世界の聖剣を持つ聖女が祈りながら作成してくれた小さな銀のリング。
触れずとも所有している武器を操ることのできる、ブレスレット。
異世界にある金属で作られたワイヤー。
同じく異世界の金属で作られ、魔力を通せば兄弟の浄化の力を発揮するタブネックレス。
魔力を通すことで周囲の音を吸収して衝撃波として打ち出す漆黒の短剣。

魔道具とも呼ばれるそれらは、僕が今まで渡り歩いて出会ってきた人達との絆。

ある世界の双子の聖女は『がんばって』と僕を見送り。
ある世界の戦士は『また、会おうや』と僕の背を押し。
ある世界の鍛冶師は『今度くるときゃ酒の肴をもってこいよ。一杯やろうぜ？』と笑い。
ある世界の貴族は『今度は、君の彼女を見せてほしいね』と意地悪気な顔をして。
ある世界の巫女は『……次に会うときは、私に恩を返させなさい』と怒っていた。

「ああ、そうだね」

思い出して、口元を笑みの形に歪める。
僕は家族に会う一心でここまで来たけれど、もっと前にした約束があった。

「約束を『護る』ために戦うか……悪くは、ないのかもしれないね」

石原桐は守護の家。
何かを護るのが本分。
だから、失うことから身の回りの人を護ろうと思った。
けれど、もっと別の護るものもあった。

「ま、目下は……」

とりあえず、今最も護るべき存在に視線を向ける。
健やかな寝息を立てる彼女。
彼女にも色々あるのだろうけれど、僕は聞かない。
彼女が話したいときに話せばいい、僕はただそれを受け入れるだけ。
もし助けを求めて手を伸ばすなら、僕はそれをつかむだけ。
けれども、手を伸ばさないのなら僕は知らない。
そこまで甘くも優しくもなれない。
助けを求める努力もせずに、何も手に入るなどという幻想は誰にも与えるつもりはない。

「ま、それでも。君を護ることには変わりは無いんだ、九条月子。僕が僕である限り、僕の傍に居る限り」

こう見えて、僕は案外強欲で強情であるからして。
身の回りに居るのならば、護る。
それが僕の在り方と、そう決めた。

「だがもしも、君が救いを求めるならば、なるべく力を貸そうとは思うよ。君が、僕を相棒と呼んでくれるのならば、僕も全力で応えたいしね」

本人前にしては流石に恥ずかしいので、誰も聞いていないところで呟くに留めておく。
月子さんのことだから、真顔で『何言ってるんですか』と言われそうな所でもあるけど。
……やめよう、想像が容易くて辛い。
思考を切り替えよう。

「……まぁそろそろ、道具の力も借りるとするかな？　もう、修行だとか言ってられる場所じゃないってのは、重々わかってきたしね」

広げたものをコートに仕舞い直し、空を見る。
本当、遠くに来たものだ。
数年前の僕では考えられなかったことに……友達ができて、現在では女の子と二人旅までしている。

「本当、変わったな……」

それはきっと、いい変化なのだろう。
少なくとも僕は、今の自分が前よりは好きではある。

「さて、と。頼りになる相棒を起こすとするかな。遅れたらまた怒られるしね」

砂埃を払いながら立ち上がり、寝ている少女のほうへと歩を進める。

「……願わくば、この出会いも絆の一つにならんことを、ってね」

我ながらくさい台詞だと苦笑してから、我が相棒を揺り起こした。