ENo.1337 コルト・イサキリ

空を見上げて青がない。
そんな世界にもなれてきた今日この頃。
だけど、未だあの少女に『相棒』と呼ばれることには慣れていない。
実際、僕としてはそこまで信頼されているとは思っていなかった。
……ヒトは切羽詰れば他者を容易く切り捨てる。
それが僕の昔の意識。
今ではそういう人も居るという認識になってはいるけれども。
そんな僕が相棒と、兄弟以外の存在に向けて使うとはまた思っても居なかった。

で、そんな僕らは現在、刀を抜いて対峙している。

「どうしたものかなぁ」

訂正、僕については刀を納めたまま柄に軽く手をかけているだけだ。
対する月子さんは正眼の構え。
基本的に、抜刀術……居合いの類は待ちになることが多い。
一刀、もしくは相手の攻撃を一刀で弾き返し、二刀で仕留めるのが抜刀術とも言われているらしく、僕が修めている技術も基本はそれに習ったものだ。
とはいってもそこは戦場で作られた邪道であるが故、一部の技はそういった定石から外れている。

「こないのか？」
「それが僕のスタイルだからね」

問いかけに笑って答える。
まぁ抜刀術以外も使えるんだけどね。

「ならばこちらから行くぞ！」

勇ましい声とともに月子さんがこちらに駆け寄り……。
思いっきり僕の目の間辺りを狙う鋭い突きを放ってきた。

「おぉっ！？」

迎撃。
選ぶは『漣返し』。
右手に握った刀を鞘鳴りと共に横に一振り、柄から一瞬手を放して逆手に持ち替えもう一振り。
振り終わりで再び順手に持ち替えて横に薙ぎ、再び逆手に持ち替えて最後の一撃。
一撃で突きを弾いて、残りの三撃で迎撃を行う。
戦場で刀から手を離す事は邪道であるのだが、この技は相手に横薙ぎの連撃を与えることを目的として、その邪道を用いている。
そこをカバーするために、刀を持ち替えをすばやくこなせる技量と鍛錬が必要だったりする。
……発展系の『高波返し』になると手が痛いってレベルじゃない。

「ほう、流石」

ちなみに月子さんは突きを弾かれたのを知って、歩を後ろに進めつつ払いをすべて弾いた。
さて、問題はここで僕の体勢が危うく、月子さんの体勢が整っていることで……。

「だが、足りんな」

言葉と共に振り下ろされる刀。
こちらの体勢は刀を逆手に持った状態で、右手を左に振り切った状態。
ここから迎撃をしようにも、おそらく力で圧されて負ける。
ならば、別のところで受ければいい。

「確かにね」

逆手に持ったまま、握る箇所を鍔に近づけ、刃を下にしたまま刀を差し出すかのように手を伸ばす。
月子さんの放った刃は、刀の柄で受け止められ、動きを止める。
だが、柄の一部が砕け散り、僕の右手がその破片で浅く切り裂かれる。

「やり過ごしたか！」

どこかうれしそうな声と共に刀は戻され、再び振り下ろされる。
同じ手は、柄が砕けてしまったため、大変危険である。
とはいえここからどうするかとなると、受け止めるには刀は辛く、刀を振るうには時間が足りず、後ろに下がったら防戦一方となりそうだということで悩ましい。
ということで、我が義妹の技を使わせてもらうことにする。
刀を逆手から順手に持ち替え、さらに左手も使い全力で、上から下に突き上げるように突きを撃つ。
狙う箇所は、振り下ろされる刃と柄の接合部分。

と、ふと頭の中にいつか聞いた声が届く。

　『……生きたいと、そう願うことは罪なのですか？』

一瞬、そう、一瞬だけ。
僕はこの場が訓練だということを、忘れてしまった。
両手に余計な力が入る。
金属音が響く。
彼女の刀が動きを止める。

「……あちゃぁ」

そして僕の持つ刀は、その刃が半分の長さになっていた。

「貴様、何故そう無茶をする？　どうせまだ物にしておらぬ技であろう？」
「あー、そのとおり、だね」

刃を納めた、月子さんの呆れた声が届く。
そもそもこれ……エッジブレイカー（命名：ニア）は、オーダーメイドで作成された頑丈さを重視で作成された刺突剣で行われたもの。
以前の僕の刀も同じく耐久度重視で作られていたもので、それだったら耐え切れただろう。
だけど、今の刀は僕が適当な材料で作り出した急造品。
そこまでの耐久度を求めるのは酷だっただろう。
それに加えて……。

「甘いね、本当」

戦闘じゃないから、と。
少々意識をあいまいにしてしまった。
普段であれば感情の揺れであのような力を入れることはないのだけれど。
……それだけ目の前の少女に気を許しているということだろうか？
と、視線を感じて向き直る。

「あー、月子さん？」
「ごめんなさい。イサキリさん、刀ってあの一本しかもってないんじゃ……？」
「ん、ああ、確かにね」

とはいえそれで不都合があるわけでもない。
元々僕は投げナイフを扱っていた期間のほうが長かったのだから。
ひとまずは、テンションが元に戻った月子さんをどう励ますかが問題だろう。

「まぁ、作り直すいい機会ができたってところかな」
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いや、僕が無茶やったからねぇ。そこまで気に病まないでよ」

すまなそうにする彼女に僕は言葉を重ねるが、彼女の態度は変わる様子がない。
参った。

「他の事に気をとられていた僕の未熟が招いたことだから。逆にこっちこそ申し訳ない、あの程度の低い技量じゃ月子さんの技術の鍛錬にはならないでしょ？」
「いえ、そんなことは……」

言葉がにごる。
いつものことだけれど、これはさっきの出来事が大きいだろう。

「まったく、僕が悪いって言ってるんだから。……そうやって気にしてると、老けるって言われちゃうよ？」
「……イサキリさん？」

何だろう。
今何かとてつもない失敗をしたような。
いや、落ち込んでないから成功なんだ。
そう言い張りたい。

「いいですか？　女性に老けるとかそういうことを言ってはいけません」
「え、何で？」
「何でもです！」

怒られてしまった。
さらに彼女の言葉は続く。

「大体、いつも思っていたんですけれど、あなたにはデリカシーというものが根本的にかけています！」
「……デリカシー？」

初めて聴く言葉だ。
……どういう意味の単語なのだろう、兄弟なら知っているだろうか。

「配慮が足りないって言ってるんです！　女の子に老けるだとか……！　失礼ですよ！」

いやぁ、普通に言ってたんだけどなぁ、今まで。
確かにその度に怒られていた気がしたけれど。

「いや、だって……ほら？　よく言うじゃない？　考えすぎると老けるとか」
「言いますけど女性には言わないでください！」

ふむ、そういうものなのだろうか。

「なんといいますか、イサキリさんは知識や経験の偏りが酷いです」
「あー、うん。否定できないね」
「さっきも、戦闘中に投げナイフを使わないとかそういう配慮はできるのに……」
「投射武器は寸止めなんてできないからね？　事故は怖いし」
「なんで、そういうところだけしっかりしてるんですか」
「そう言われても……」

そういう機微を観察する力は必要じゃなかったわけだし、今まで。
必要とならなければ、育たないのも頷けるわけで。

「……なんでしょう。この鈍感を直すには、空手チョップで斜め四十五度の打撃を与えるか、鈍器とかで一回殴ったほうがいいのでしょうか？」
「……なるべく痛くない解決方法がいいんだけど、どうだろう？」

ひとまず、そういった力をつけることが必要になって来たような気がしてきた。