暗い夜を赤で繋いでいくように、曼珠沙華の揺れる道でした。 黒い布を被った女性たちを、 香炉を持った子どもたちを、 棺を担いだ大人の人たちを、 灯籠が淋しげに浮かび上がらせています。 やがて辿り着いたのは、街から離れた淋しげな墓地の一角でした。 立派な墓石の用意された、 暗い大きな穴の中に棺を横たえ、 そして大勢の人がその周りに立ちます。 花を贈る人、 御札を撒く人、 楽器を奏でる人、 生前の愛用品を一緒に埋める人、 それから、大勢の泣き女たちの咽び泣く声。 悲しげに、痛ましげに、惜しむように、いつまでもその泣き声が止むことはありませんでした。 ---------------------------------------------------------------- ■ポチとアズテアの葬儀記録■ 閑話休題～四人の死霊術師とその付き人たち～ ----------------------------------------------------------------

「結局、収穫はありませんでしたね……」

「専門性の高い書ばかりだったからな」

「個人情報もさっぱりやったしのー」

「なんか、思ったより大変なことになってきたような……」

「人を弔うというのは簡単なことではないからな…… そもそも何故、君はここまでしてポチくんに協力をしているのだね？」

「……あ、グランドレフトさんには言ってませんでしたっけ？」

「……長いので、適当に縮めてくれて構わない」

「ええと、先生には言ってなかったけど、私、ポチと約束をしていて」

学校の先生だと言っていたのでこの方が慣れているのかと思ったのですが、 ちょっと微妙な顔をされてしまいました。

「ポチの中にいる人を全員弔ったら、少しの間お父さんに会わせてもらう約束してるんです」

「……そうか、お父上がお亡くなりになられていたのだったな。お悔やみ申し上げる」

「ありがとうございます。うちの村ってほら、死んでから一年間、猶予があるってみんな思ってたから…… だからお父さん、ずっと言ってたんです。死んだら、アズテアに大事な話をしなくちゃいけないって」

「……君はお父上から、その話を聞かなくてはならない、と」

「はい。ポチが、ゾンビ化の術は無理だけど、ちょっと話すくらいならできるというので……」

「そのために君はそのカツオ…… 仮称・ポチくんの中に入っている、死霊術師の魂を弔いたいのだな」

「そうです」

「では、次はポチくん、君だ。君はいったい、何を目的に蘇りたいと？」

「死んだやつが蘇りたいのに理由なんざあるかぁ！　っと、言いたいトコやけどな」

「蘇りたい、っつーのは語弊あんよな。ワシはな、このままだと死ねないねん」

「……魂が閉じ込められている、という話だったが」

「そうや。ワシの体は燃やしてもすぐ再生する。 埋めたり消失すると、本体の体の近くに戻されとる。 何しても傷一つつかんのよ。このままやと生き地獄まっしぐらや」

生前は死霊術師だったという人が死ねずに苦しむ、というのも、 なんとも不思議な話です。 生前のポチはいったい、何を考えて死霊術師になったのでしょうか。

「でもな、ワシはまだ生きてた頃に術を用意しとった」

「ゾンビ化の術、か。 この術には『弔われて自分が死んだことを魂が認識すること』が必要になる、ということだったが」

「おう、金魚でそれが証明されたな。術は生きとる、バリバリの現役や」

「……生き返ったら、死ねるようになるんですよね？」

「そうや。蘇ったら動ける期限は一年ポッキリ。 研究所に残ってる触媒と設備で、最後にアズテアととーちゃん会わせてやるくらいはできるけぇ」

「ふむ……今のポチくんは、死霊術の知識はどの程度残っているのかね？」

「断片的やな。祠の文献は難しくてサッパリや」

「……残された手掛かりは、そこの『彼』だけということか」

みんなの視線が金魚鉢に集中したその時、 ぽちゃり、という小さな水音が立ちました。

「……ここはゴパアアアアアアアアアアアア（吐血音）」

「あ、やっぱり血は吐くんだ……」

「おう、起きたな。意識はハッキリしとるか？」

「あ、は、はい……ぼく、蘇ったのですね……」

「せや、術は成功や。で、おまえ、名前は？」

「ぼ、ぼくはマオと申します。使用人……でした」

「使用人！」

「……なるほど、死霊術師以外の人間か」

「あ、はい、ぼく以外にもお仕えしていた方はけっこう、いた……と思います」

「……思う、というのは？」

「えーと……ぼくは研究室の大部屋の担当で……」

「少し待ってくれ、今、見取り図を広げる」

----------------------------------------------- ★死霊術師たちの研究所見取り図（一部）★ http://kyuxyu.net/~math/egg/seven/day/map01.jpg -----------------------------------------------

「研究室は、4つあったんですよね」

「はい、あそこには四人の死霊術師さまが暮らしていらっしゃって」

「……わざわざ別れて研究を？」

「なんでも、専門分野が違うらしくて……で、ぼくなんですが」

「大部屋ってことは、この真ん中か？」

「そうです。でも、死霊術師の方々は研究室にこもられることが多くて…… 中にはまるっきり、出てこない方もいらっしゃいました」

「引きこもりやん」

「あなたのことですからね？」

「それで、使用人や付き人もそれぞれ『研究室専属』という形がほとんどだったんです」

「それで君はこの大部屋の担当だった、と。誰に雇われて？」

「ぼくは東側の研究室……リィエン王子と同じ国の者です。 とはいっても、王子直属って訳じゃなくて、そのまた下の下の……という感じなんですけど」

一瞬、聞き流しかけてふと気が付きました。 なんか今、すごい単語が聞こえてきた気がします。

「……王子！？」

「リィ……エン？　異国の響きですね」

「あ、いえ、王子と言ってもその……ぼくたちの国は、もうないんです。 その……侵略戦争で、王子のお父上の代で……」

「……なるほど。お悔やみ申し上げる」

「ありがとうございます。ですので、ぼくたちにとっては王子は王子なのですが…… 王子が継ぐ国は、もう、この世のどこにもないんです」

「……いや、しかし同郷か。ならば話は早いかもしれないな」

「お、先生の悪巧みか？」

「マオくん。君はどうやら、『泣き女』……つまり、大勢の人が泣くことで弔われた」

「あ、はい……ぼく、昔雇われたお屋敷で、お葬式を見たんです。 当時のご主人が亡くなられて、沢山の人が泣いている立派なお葬式で……」

「屋敷の主人ともなれば、泣き屋も多く雇われたのだろうな」

「はい。ぼくも、死ぬときはあんな風に泣いてくれる人はいるのかな……って、思ったのを覚えています」

「なるほど、それが君の『葬儀』であったと。 だが、君と同郷であるという王子や王子の使用人は、『泣き女』には反応しなかった」

「あ、それは……たぶん、王族の方だからだと思います」

「やはりそうか……王族には、王族の葬儀があるのだな？」

「はい、王族の方はその…… 葬儀の際に、大量の兵士や使用人を一緒に埋めるのだそうです。生きたまま」

……。 ……。 ……………………え？

「ええええええええええええー！？」

「……よりによって、殉葬か……一番手のつけられないところが来たな……」

「生き埋めか～、正に生き地獄やな」

「……まあ、歴史的文化的側面はあるが……現代的には問題が多すぎるな。 まだ現存する地方があるというのが驚きだ」

「アカンなー……なあマオ、なんや他に分からんのか？ 王子のこととか、あと他の使用人のこととか」

「すみません、ぼくは働いていたお屋敷がなくなって訳も分からず一緒に逃げてきたというか…… 王子のことも、遠目に見たことがあるくらいで」

「なるほど、人柄なども分からないと。……これは……ふむ……」

「無理やな」

「無理だな」

「いきなり諦めてるー！？」

「無理なものは無理だ、資源的にも規模的にも。 なによりもまず、今この場所では無理だ」

「場所……ですか？」

私たちの村周辺は陸地が貴重ですから、 たしかに大勢の人を地面に埋めるのは 物理的に難しそうです。

「大規模な殉葬となると、まず土地資源、それから相応しい建築や墳墓…… とにかく求められるものが大きすぎる」

「……まあ、その前に一緒に埋める人がいないんですけど……」

「……移動だな」

「移動ですか」

「王子は今は無理だ、この事実は動かしようがない。 が、このままここにいても、ここでできる葬儀の種類には限界がある」

「ましてや、四人の内の一人が亡国の王子さまやろ？ なんや、顔ぶれ次第では他のやつらも面倒そうやで」

「あなたのことですからね！？」

ポチの中の人って意外に豪華メンバーなんでしょうか……？ でも、考えてみれば死霊術なんて、 普通では手が出せないジャンルのような気もします。

「ポチくんの言うとおりだ。 大規模葬儀の可能性がある以上、ここでできることには限りがある。 だから……移動する」

「……どこに行くんですか？」

「古墳、遺跡、墳墓……それも大規模なものが残っている場所が望ましい」

「条件がもこっとしとるな。あいまいもこっと」

「心当たりはある。……テリメインだ」

「テリメ……って、あの怪しげな探索者協会とかいう、開拓者募集してる所ですよね？」

「そこだ。あそこはかつてあった文明や遺跡の大半が、海の中に沈んでいる。 その残された遺産の中に、我々の手助けとなるものが残されている可能性がある」

「大規模葬儀に使えるような遺跡……ですか？」

「ああ。殉葬は後回しにするとしても、とにかくあらゆる葬儀に対応策を考えなくてはならない。 そのために必要なのは前提となる資源だ」

「……なんか、話が大きくなってきちゃったなぁ……」

「なんや、やめとくか？」

「……私がやめちゃったら、困るくせに」

「分かっとるやん」

「そうと決まれば、一度村に戻って準備すべきだな。 ……少し、やり残したこともある」

「なんや先生、悪巧みするなら混ぜてくれんと」

「まだ人に話す段階でもないからな。……いずれな」

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「いまだ辿り着けないテリメイン！　PTMとの合流はいつになるのか、 いきなり降り掛かった超巨大試練「殉葬」に、民俗学助教授グランドレフトの打つ手はあるのか！？」

「いくらなんでも、最初から無謀すぎません……？」

「最初からクライマックス、飛ばしてくで～！！」

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

アズテアは、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。