「………」

「…？　食べないです？」

「ぞ～ぇぞぇっ♪」

何やかやで探索協会で登録を済ませた後。あたし達はすぐ側のレストランに来ていた。 試験——と、呼べるようなものだったか怪しいけど——を受け、登録完了と同時にいくらかの支度金をもらうことができた。 大丈夫だったかしら、あのブタみたいなやつ。次々来る探索者候補にタコ殴りにされてたけど。 ともかく。 そのため食事でもしながら今後を話そうと言う流れになった。 ノナのオススメの店があるというのでせっかくだから入った。　注文も任せた。 結果！ 目の前にそびえ立つのはとんでもない量……4人がけテーブルを覆うほどの大皿に盛られた料理…… その名もワカメパスタ。いや、名前はいい。聞いたことのない取り合わせだけれど、海藻との組み合わせは無いとも言えない。 問題は——

「これ、どう見てもワカメの山に申し訳程度スパゲッティが乗っただけよね？」

黒々としたワカメ。その上にちょこんと鎮座するパスタ。 何よこれ、海藻何割よ。比率逆じゃないの、普通。

「なにか問題あるです？　おいしいですよ？」

「えぇ……そうね、問題以外別に無いわ」

先日、あの重そうな凶器を引きずって追ってきた少女、ノナ。 あの時の追跡劇では、恥ずかしながら恐怖……もとい、危機感を感じてしまうような剣幕であったが。 ただの勘違いじゃないんだから。うん。 それが、今は目の前で大好物を出された子供みたいに嬉しそうに御飯を食べてる。 ギャップというか何というか……この子がどういうヒトなのか、未だ良くわからない。

「…………」

黙って、うず高い海藻の山を見上げてみる。 それにしてもこのワカメパスタってやつよ…… 確かにテリメインはほとんど海みたいだけど、この料理ときたら。 海産物ってのは予想に難くないけど、まさかこんなものが来るなんて、普通思わない。はず。 海が多い分、陸地が少なくて、農地も余り無いのかしら？ それで小麦粉が取れず、こんな惨事になっている……？ 仮にカレーライスなんて頼んだらどうなるの？ 米とカレーが1:9くらい……それはもうカレーライスじゃないわね、カレー味のパエリアみたいな？ これがここの普通だとすると、少し厳しいものがあるわ。 髪の毛の薄いヤツならともかく、海藻ばかりじゃろくな栄養になりゃしない。 頭に疑問符を次々浮かばせながら悩んでいると、ノナが声をかけてきた。 しれっとあたしの皿を自分側に引き寄せながら。

「さてはお腹がいっぱいとみたです。　これはノナが貰うです。」

「……いいわよ、ワカメ部分はいくらでも持っていきなさい。パスタ部分は残しておいて」

こんなものをおすすめするだけあって、ノナはワカメをもりもり食している。 海藻だけで足りるのかしら……というか、普通の人間なのかしら、コイツ。

「ぞぇっ！　ぞぇぇっ！！」

ワカメを頬張るノナをおもむろにヘンテコがつつき始めた。 いいわ、良く分からないけどもっとやりなさい。

「貴方もワカメ好きです？　じゃあ仲良く食べるです」

「ぞ～～～～ぇっ♪　ぞぇぞぇぞあ！」

「ね～～♪」

笑顔で会話してる？あによこれ？っていうか笑顔とか出来たのアイツ。怖。 ヘンテコの鳴き声に適当な相槌をしてるだけみたいだから、多分言語は通じてないと思うけど……。 それよりさっきまでの懐き具合はなんだったのよ。あんなに擦り寄ってきたのに。薄情者。

「…………」

その光景をしばらく眺めてしまったけれど、あたしを無視して会話？する二人に何だか苛ついてきた。 場の空気を断ち切るように口を開いてみる。

「そういえば、あんたはなんで探索者なんかになったのよ？」

「……『いいモノ』を探してるです」

笑顔が消える。 ノナは、先ほどとは打って変わって真剣な——気がする——表情で言った。

「は？　いいもの？」

「ノナの海には神殿があるです。　そこに持ち帰るモノを探してるです」

神殿？どういうことかしら？ というかコイツ神官か何か……みたいな姿には見えないけど。 なにか祀られてるものが盗まれたとか？ 違うわね、それなら探索者になって無作為に仕事を受ける必要もないわ。 ただの特定宗派の一般人だけど神殿への捧げ物を……お布施みたいなものなら直接お金か品を買って納めれば…… ……さては、コイツも貧乏だったり？

「それって別に探索者にならなくてもいい話じゃないかしら？ どんなモノを探してるか知らないけど……まさか、あんたもお金ないわけ？」

「……」

黙ってしまった。 なにかタブーに触れてしまったのだろうか？ でも、これくらいなら当然の質問じゃないかしら？ そもそも最初は自分から……

「ユディナも仲間になったら教えてもいいです」

「仲間？　もうなってるじゃない」

一応、前回そういうことになったはずだ。 好きでなったわけじゃないけどね。

「そういうものとはまた別の話です」

むっ。どういうことかしら。 とても落ち着いた表情で言う。小馬鹿にされてるような気もするけど。 何か込み入った事情があるのかもしれない。 別に大して気にはならないけど。ちょっとだけ。 これ以上聞いても進展はなさそう。えーと、別の話題……

「ところでいつまでもその子をヘンテコとか呼ぶのも何だし……名前でも付けるのはどうかしら？」

ひょっとしたら名前は既にあるのかもしれないけど。便宜的にでも決めておかないと、呼びづらくてしょうがない。 そう言うと、フォークでワカメの山を開拓しているノナがこっちを見た。

「構わんです。（もぐもぐ）例えばどんなです？（もぐもぐ）」

口いっぱいにワカメを放り込みながら喋る様は、得も言われぬ光景だ。 どんだけ食べるのこの二人……見てる方が気分悪くなってくる。

「あ～……え～っと、そうね……。 　ぞぇあって鳴くから『ぞぇあ』とか」

「安直です。　ノナはひどくがっかりしたです」

あからさまに落胆した顔をされる。

「う、うるさいわね！　例えばよ、例えば！！ 　別にこれにしろって言ってるわけじゃないし！！」

動物の鳴き声から名前をつけるとかよくあることでしょうに。 ……安直なのは認めるけど。

「ぞぇっ！　ぞ～ぇぁっ！」

あたしが声を荒げたからか、ヘンテコが腕にくっついてきた。心なしか焦っているような様子。 小さめに纏っている水球が触れてひんやりと気持ちいい。

「別に怒ってないわよ、心配性ね」

「ぞぇ～」

嘆息しつつ、軽く頭を撫でてやる。 それでヘンテコは落ち着いたのか腕から離れた。 ……今触ったところ、濡れてる。 手についた水をナプキンで拭きながらノナに向き直る。

「そういうあんたはどうなのよ、そんなこと言うくらいだから、何か案はあるのよね？」

ノナはん～……と唸って、いかにも考えてますと言ったポーズを取る。

「ノナはまだ考え中なのです。 　なにかいい名はないものか…。 　はたまたユディナさんの案を採用するか…。 　考えがまとまらないです。 　えーと・・・。 　なにか他に案あるです？ 　いい名前おねがいするです」

「そうね……他には……」

珍しく長文を喋ったノナ。 名前について思考しつつ、今の発言をなんとなく反芻して……

「ってあんた……言葉の頭をとったら『ノナは考えない』じゃない！」

「バレたです。　ユディナはきっと天才になるです」

「いきなりあんな改行使われたら誰だってわかるわよ」

「発言がメタすぎではないです？」

そういうネタ仕込みこそメタいでしょうに。 バレるやいなや、パスタにフォークを突っ込んでモリモリとワカメを食べにかかるノナ。 誤魔化しにかかってるのかしら。意味ないけど。 一方で、ヘンテコは我関せずと器用にワカメを引き抜きながら自分の皿でついばんでる。 分かってるの？今、あんたの話をしてるのよ。 パスタ部分……減ってないわね。 馬鹿らしく思ったらあたしもお腹がすいてたのを思い出した。 ノナから皿を奪い返して、手元のフォークを取り、ワカメの山を一突き。 そのまま口に乱暴に放り込んで見る・・・。 あによ、意外とおいしいじゃない……。

「あれ？　食べないんじゃないです？」

「食べないとは一言も言ってないわよ」

結局、黙々とワカメを食べ続ける。 テーブルにはゆっくり食べる人間が1人、そして静かにモリモリと食べる1人と1匹。 さながらフードファイトの様な光景に見えたかもしれない。 でもワカメて……ワカメ……美味しいけど…… もっとこう、カロリーを…… … …… ………

「はぁ……結局、いつまでも決まらないわね」

少し、食べ過ぎた……。 空腹だったとは言え、胃の大半をワカメで埋め尽くされると、余計気分も悪くなる。 ぐったりと椅子にもたれかかりながら呟く。 水を飲んでたノナが不思議そうな顔でこちらを見た。

「……なんの話です？」

イラッ

「名前よ名前！　こいつの！さっきまで話してたでしょ！」

「私は『ぞぇあ』がいいと思うです。　しっくりくるです」

「あ～、そうねぇ……鳴き声由来で、わかりやすくて……」

……ってそれ、

「あたしが最初に言ったじゃない！！」

「うるさいです。食事の後なんだから静かにしてほしいです」

「ぞ～ぇッ！　ぞぇぞぇ～～～！！！」

… …… ………

「ありがとうございました。　ペペロンチーノワカメトリプルグランデですね……50csになります」

……高くない！？ このへんの通貨の相場はよく知らないけど、支度金が300だったから……三食食べたら2日しか保たないじゃないのよ。 ていうかあれペペロンチーノだったの。ニンニク要素とか微塵も感じなかったわ。 それにあによ、ワカメトリプルグランデなんて名称。初めて聞いたわ。そんな言葉が存在していたというの。 第一メニューにそんな名前……あぁ、そうだった。

「……次からはあたしもメニューを見るから」

こいつに任せてしまったんだった。それ故の先程の惨事である。

「そうです？　次も任せてくれていいですよ？ 　別のオススメメニューも注文したいです」

「海藻も悪くはないけど……血肉になるものくらいは選ばせてほしいわね」

穀物とか、肉とか。海産物なら魚類とか。 やいのやいの、早くも日常になりつつあるやりとりをしながら店を後にする。 脚が重い。胃がずっしりする。 ワカメ……意外と重いわね。 つづく

ユディナはアイテムNo.5 シェルボックス（低） を使用した。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

ユディナは、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。