「髪紐をください」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　———— 欲しい物




　歩行温泉と歩く林檎は一瞬で撃沈した。どんなに手加減しようと既に型落ちの相手、どうということもない。二匹ともエンブリオではないため極めて淡々と物事は進んだ。
　次の相手が夢にまで見た——実際、夢で見た気がする——ドライアドとスノーホワイトであることに安堵し、パーティの組み換えを済ます。いつかの無言パーティ再びである。
「コノエ様、これ、美人の湯です。美肌の湯？」
　地面に染み込んだ歩行温泉の中身を手に取りカーラが報告してきた。記憶が確かなら入ると身体が滑るような感覚になるものだ。肌の汚れを溶かし落とすことで新陳代謝が期待できる、という理屈らしい。女王陛下が好んで入る。
　そもそも温泉、というものを知ったのは女王陛下に仕え始めてから。地面から水ではなく湯が湧き出し、一部は飲んでよし、浸かってよしの不思議なものなのだと教わった。レージェントでもかなりの数が見つかっており、最低限の整備をした上で無料開放されている。食堂と寝床が併設されているがそこの利用は有料だ。
「——今日は止めておく。保管しておけ」
「はい」
　素直に頷くカーラに夕食の指示をして女王陛下の元へ急ぐ。森林浴と称し、敷布を広げて寝転んでいるようだ。アリジェの膝を枕に青々と茂る木々を見上げている。
　遠くを見ている瞳がふと現実に戻ったのを見計らって声を掛けた。
「あの温泉は美肌の湯だそうです。明日に入れるようにします」
「お湯じゃなかったのね、あれ」
「この近辺に湧いているのかもしれませんが、危険区域ですのでやめておきましょう」
「わかってるわ。……ねえ、コノエ」
　視線でアリジェに席を外させ、女王陛下が手招きする。大人しく従い、膝枕を代わった。
「ここからだとね、月が見えるの」
　右手が持ち上がり天を指す。日中は光が刺してこそいたがそれは木漏れ日。太陽を拝むことは出来なかった。
　しかし今は月が見える。まるで誂えたかのように枝が、葉が途切れて空をくり抜いていた。
　恐らくは、アリジェに教えず私を待っていたのだろう。
「女王陛下に見て頂きたかったのでしょう」
　伸ばされた手をそっと握り、下へ降ろす。柔らかな手はごく自然に私の手を導き口元へ誘った。
　それから言葉はない。身じろぎすらも。
　美しい月をただただ二人で見上げていた。
　今夜は月が綺麗ですね、などと言うのは無粋だろうから。

冷静になって自分のした事に対する自覚が沸いているようで、しょんぼりとうなだれている

覗きこまれると真っ赤に頬を染めた顔を勢い良く逸らす

同年代で最も小さいがそんな事は一々言わない。

突然の天使の乱入にびっくりしつつ、まくしたてられる

そして何が楽しいか踊り出すシーツ天使