欲望の居場所。
何を望むこともなく閉ざしていた胸の内に、その隙間を空けることは、ひどく難しいように思えた。

何も望まない。 奪いたくない、奪われたくない、それ以外には何も。
もとより罪人に、なにかを望むことなど許されるはずもない。
なによりかあさんは、私以外のすべてを投げ打って私を守ってくれたのに。

望まない。 望めない。
誰にも、何も。
そう思ってきたはずだ。

けれど、それではいけないのだろうか。

自分が何を求めるのか。
そのために何を得たいのか。

胸の氷の内側に封じたままに、目を逸らし続けていたもの。
そんなものはないと言い聞かせて、いつしかそのように取り扱うことに慣れきっていたもの。

低く乾いた声に押されて、自分の内側に手を伸ばす。

夜の暗がりを風のゆくさまに似て、静かだったそこを揺らす何か。
身を切るように鋭く、おそろしく、けれどひどく、心地良くもあるような。
それを捉える眼を、私自身も持っていない。
目を塞ぐことだけを考えてきたその代償として、私は自分の欲求に盲目だった。

それでもただ、そこには何かがある。

触れればきっと、私は変わってしまう。
何も望まずにいられるのは、その手触りを遠ざけておける間だけだ。
一度触れたら、もう一度それを手放せるほど、私はおそらく強くない。
開いた眼、見てしまった光に焦がれずにいられるほどの強さなど。

ああ、と思う。

損なわれても構わないと言ったいつかのあのひとの言葉が、脳裏をよぎった。

プルは燈子の手を引いて、どこぞへと歩き始めた。
その先には花にまみれた山が見える。