▼閑話　〜 Long Long Ago. The previous night of Kusuko-Fujiwara war

　狐は嘲笑う。

　数千もの仏僧が、焚かれた護摩壇を前に読経する様を、梁上より俯瞰の位置で眺め見る。
　毛ほどの痛痒も与えぬ、いと弱き念仏。名ばかりの僧伽を並べ祈祷させても意味はない。
　そも、苦界に身を浸したこともない肥えた坊主共に、修羅へ堕ちた怨霊を沈められるのか。

　無理に決まっている、と主は云う。
　奴の行う密教修法には不備がある。術理より教義を採ったものに実は無い。
　真に相手を知ることもなく、表面をさらって知った気でいるのでは片腹痛いというものだ。

　法華一乗と密厳浄土。
　普段より反目し合う互いであれば、多くは妬みが含まれているに違いない。
　されど修法の稚拙さを目の当たりにすれば、半端な妖狐にも納得いこうというものだ。

　主はいま、今上帝の元へ赴いている。
　穢れは持ち込めぬと捨て置かれたが、仏僧共が祈念する御霊会が穢れるのは構わないのだろうか。
　墨染めの法衣を纏う阿闍梨が、甲高い声で鳴いた。響く聲はとても美しい。眠くなるぐらいに。

　　——その場に、仲成はいるか？

　不意に脳裏に聴こえた音に、眉をしかめた。
　知るか。そもそも宮中の人物など、いちいち把握しておらぬ。
　蛇のような顔で腐った瞳をした、妹萌えの駄目男？　ああ、あいつか。居ないな。

　　——征夷の大納言殿に、即刻伝えよ。

　田村麻呂こそ居るわけあるか。そもそも、奴が登壇出来る場所では無かろうが。
　傍に行け？　おい、此処で待てと云うたのは貴様じゃろう。
　嗚呼わかった。頭でぎゃあぎゃあ騒ぐな、鬱陶しい！

　不可視の金狐は風を巻き、褪せた檜の廊下を疾走する。
　棚引く九つの尾は、鮮やかな虹色に煌めいて。

　　——主上の勅を得た。……鼓。お前を、解放してやろう。

　その言葉が聴こえた瞬間、激しい絶頂的な歓喜が躰を強く身震いさせた。
　嗚呼、そうだ。その為に、儂は "造られた"。
　いいのか。殺していいのか。殺し尽くして構わぬのか。

　応えはない。だがそれを肯定と受け取って、狐は狂気に嘲笑った。
　百鬼夜行を喰い散らかし、怨霊の馘を噛み千切る。
　望みが叶う。ようやく手に入る。焦がれていた想いが千秋を越えて届こうとしていた。

　何処に？

　そう。本当に欲しいものは、もう、とうの昔に見失っていたのだ。

早口の異国語がいかに聞き取りづらいか、というのは身をもって体験していること。
できるだけ単語と単語同士を区切り、一言一言をはっきり言うように心がけながら、ぺこぺこと数度頭を下げた。
……ああ、こんな風に伝える側、ももどかしいものなのだな、なんて妙な感慨を受けたりもし。

和風な口調、和風な恰好、なだけに。
狭い妖怪、幽霊知識でどうしても相手をカテゴリーしてしまいがち。…他にも狐の妖怪、精霊などいくらでもいるだろうに。

セーラー服、そして何処の、と聞かれれば、とある町の名前と、城崎高校の出身である旨を伝えるだろうが——少なくても、そんな町は”日本”には実在しないだろう。

呑気に語る少女の言語も、「上月樹里」という名前を除けば、全て日本語とは異なり。
異なるわりには——……、ただ、ただ、50音順を他の言葉に入れ替えただけの、妙な言語、だった。

口を開こうとして、逡巡。

[注釈]ラーフィーの国では、性行為という行為は性別不定・子孫根絶のため存在しない。（一部を除く）
ただ、友人知人への親愛・親密という感情・行為を抱きつくやモフモフするといった、いわゆる"やや過剰気味な接触行為"によって行う。
そのため、ラーフィーがツヅミさんの言う"抱く"という意味を勘違いしているのである。
なお、「子供を残せない」という発言があるが、実はラーフィーはどうやったら子供が出来るか。というか子供の出来る構造すら知らない。

問われた意味とはやや方向を異なる返事をすると、ややのりのりでおそらく彼女の言うヒュペの歌をくちずさみ始めた！

セレスはにこりと笑い、なるほど、化狐と化蛇はお互いの領域には侵入せぬゆえ相性は悪くなさそうじゃな。と呟く。

かっかっか！と笑い飛ばし、真剣な顔に戻る。

そこで切ると、セレスはラーフィーの方を見る。ラーフィーはそっぽ向いて・・・・遠くを見つめていた。どこか悲しい目で

性別を問われると、少し考えるように眉を寄せて

やってきたグラスを好奇の視線で眺めると、ついてきたスプーンと割箸を両手に持つ。
ひとまず、スプーンを突っ込んで中身を一塊掬い上げると、ついっと狐姿のほうへと差し出した。
あーん、と笑顔で付け加えて。

言われるがままに手を引っ込めた。
それに呼応するかのように、球体達がふわふわとハルの前方に集まっているように見える。

トガノはなるほど、と納得した様子だ。
本当に知らなかったらしい。

ツヅミの顔をじっと見つめている。

少々首を傾げながらもそう答えた。

微動だにしない。
トガノはその様子を確認すると、まるで存在を無視するかのようにツヅミの方へと向き直り。

笑みを返した。
程なくして、少年が目を開く。
どことなく身体の力が抜けてブラブラしたその佇まいは、心なしか今までよりも柔和な雰囲気を相手に与えるかもしれない。

トガノが少年の耳元に口を近付け、長々と何かを話し始める。
少年は何度か縦に頷いた後、ツヅミの方に向かってペコリと一礼をした。

それを皮切りに、少年の周囲を漂っていた球体達に色取り取りの光が灯り始めた。
まるでこの時を待っていた…と言わんばかりに。

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普段とは明らかに雰囲気の異なるツヅミの言動や仕草に目を取られながらも、応対は止めようとしない。

とはいえ、自身の巡る思考を止める術はないようだ。
ツヅミの見上げた表情を、囁かれた言葉と共に意図を探るかのように。
もう少しだけ2人の距離を寄せながら。

一瞬だけ歯を剥き身にしたが、それが彼本来の笑い方なのか。
…それを考える暇が相手にあったかは定かではなく。

自身の表情が見えないようにしながら、ツヅミの耳元で囁く。
それは意図的か天然か。
直後、片腕で抱き止める形で。
改めるように指先でツヅミの顔を引き寄せて———。

　視界を横切る夕焼け色に、足を止める。
　彼女の”それ”と己の”それ”は同じものであるが、景色（いろあい）が変わればこうも印象が変わるものなのか。

　話しかけておいて、まるで内容がない。
　——もしかすれば、自分は単に、
　この世界での話相手が欲しいだけなのかもしれなかった。