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「──で、レーヴは？」
「……教えてくれなかった」

期待していなかった、と言うより、思った通り、という方が正しかった。

「……だろうな」
「エンブリオって、隠し事が得意、なのかな」

言わずに隠す理由は、自分達に知られると拙かったり、面倒だったりするからだろう、と考える。
知られては拙いものとしては、正体であるとか、本当の目的であるとか、或いは。

「隠さなきゃならない理由が無ければ、隠し事なんて態々する必要も無い」
「……なんで教えてくれねーのかな、レーヴも、……エティエンヌも」
「知られたくないんだろ、契約そのものに関わるとなれば尚更だ」

何か目的があるのだとして、知られることで契約の形に支障を来たすのなら、それは避けなければならない。
だから知られまいと隠すのだろうか。
例えば、その契約が“無かったこと”になると拙い理由があるのだとして。
契約を交わす相手が、他の誰かではなく、アリシアやルカでなければならない理由があるのだとして。

「…………」
「……シズ、」

自分達に関わることだから隠すのだろう。
それも、知られてはならないようなことなのだから、自分達にとって良い話ではないのだろう。
そうでなければ、態々、隠す必要は無いだろうから。

この一揆に関わる悪い知らせか。

元居た世界に関わる悪い知らせか。

それとも。



エティエンヌを追って、この世界へやって来た自分達と、レーヴや、エティエンヌが契約を交わしたのは偶然ではなかったのかも知れない。
ルカが夢の中でレーヴと出会い、契約を交わしたことも。
アリシアがエティエンヌを追って、契約を交わしたことも。
はじめから、そうなるように仕組まれていたのかも知れないとすら、考える。
……だとすれば、

「なあ、……おい、シズってば、」
「──── ……、」

覗き込むのは、不安だとか、心配の色が入り混じった緑色だ。
翳って、青みを強めて見える。

「人の心配する暇あるなら自分の心配してろ、馬鹿」

悪いのは具合ではなく、気分だ。
何か言いたそうにこそすれ、良くも悪くもルカは自分が「馬鹿」だという自覚がある所為か、こう言ってやると、言い返してこない。
言い返せないのかも知れないが、どちらでもよかった。
し、馬鹿と言うより、大馬鹿だと思っている。

「……レーヴは、他に何か言ってなかったか」
「たとえば？」
「力のこともそうだが、……俺がエンブリオと契約したこと、とか」
「シズが、エンブリオと契約したことは知ってたけど」

それは、別に不思議ではない。
全てではないようだが、レーヴはルカを通じて知ることができるからだ。
ルカの記憶を通じているのか、ルカの視界か何かを通じて夢の外の世界を見ることが出来るのかは分からないが、レーヴはルカが起きている間の出来事を何らかの形で知ることが出来る。
アンテと契約を交わしたことをルカに話した以上、それをレーヴが知っていても、おかしくはない。
もしも、エティエンヌ達が知っているとなれば話は違ってくるが、エティエンヌ達も、アンテと同じエンブリオだ。
気配などを感知することが出来たとして、それも不思議なことではないけれど。

「知っていた、だけか？」
「へ？」
「……いや」

ルカが契約しなければ、レーヴの力にはならない。
けれど、ルカが契約してしまうと、そのエンブリオは消滅してしまう。
このことにレーヴが何も触れていないようだったから、何でも無い、と言って、

「あ、けど、」

その一言に、終わりにするつもりが出来なくなってしまって。
ルカが、ぱ、と顔を上げ、思い出したように、そう。

「オレが気付かないと、アリシアにオレの言葉は届かないって」

そう、

「……訊き返したんだけど、やっぱり教えてくれなかった」

そう、言った。

「……お前、アリシアに何て言ったんだ」
「──っえ、」

当の本人は、こんな調子だ。
当然、気付いちゃいないのだろう。

だから届く筈が無い。

レーヴの言う通りだ、と思う。

「……別に、何も言ってねーし、……シズには、レーヴの言った意味、分かるのか？」
「…………」

ルカ自身のことなのにルカは分からなくて、けれど、自分には分かる。
気付けと言ったところで通じないのだろうとも、分かる。

ルカは気付いていない。

気付いていないルカに、自分は気付かされたというのに。
馬鹿馬鹿しい。

本当に。

「……ルカは、アリシアのこと、どう思ってるんだ」

ルカに問い掛けた自分の声が、いやに真面目腐ったものになってしまった気がした。
何と答えるか、ある程度分かった上で態々訊いて確かめるようなこと、する必要は無いだろうに、だ。
ルカは、矢張り気付かない。

「どうって、そりゃあ、幼馴染だろ」
「……大事な？」
「当たり前じゃん」

聞くまでもないだろ、とばかりだ。
ルカ自身は、アリシアのことを本当に、そう思っているのだから当然だ。
気付いていないのだから、当然だ。

「……幼馴染、ね」

無意識、溜息を吐いていた。
溜息混じりに呟けば、首を傾げる始末だ。
……見ていて腹が立ってきた。

「シズにとっては、違うのか？」
「……何が」
「何じゃなくて、アリシアのこと」
「……、」
「オレよりアリシアのこと、よく見てるし、いつも気に掛けてるしさ、」

それがなんだ。

「……だから？」

それがどうした。

「シズだって、アリシアのこと好きだろ？」

それが、


「────は？」
「っえ……？」


──どうしてなのか分からないけれど、急に、しん、と静かになった気がした。
それに、やっぱりどうしてなのか分からないけれど、黙り込んだシズの顔が、だんだん赤くなっていって、いきなり立ち上がったかと思ったら、胸倉を掴まれた。
胸倉を掴まれて突き飛ばされるまでは一瞬で、その一瞬の間に、自分は何も出来なかった。

驚いた。

シズに突き飛ばされたこともそうだけど、あんな顔、するのかって。
懸命に押し殺すみたいな声だった。

「お前と一緒にするな」

って、シズは、乱暴に扉を閉めて出て行った。

驚いた。

だって、そうだ。きっと、シズは。

前を歩く二人の背を、隣を歩くアリシアの横顔を、時折、眺めている。

得物の重さを確かめながら、小さく一つ、決意する。

振り返る事無く、背後に立つ少年少女に視線のみを向けて。

朗らかに声を出す少年と、静かに答える少年、双方の顔を見やる。
特にルカの方へと、視線を向けながら、受け答えを重ねて行く。

彼らから旅の目的を聞くと、あごに軽く手を当てて思案の姿勢。
二人の顔を上を、視線が行き来する。

その続きの言葉が発せられることは無く。
口を噤んで、何を見るでも無く中空へと視線を泳がせる。

今一度、二人の側へと視線を戻す。

こーんなにちっちゃかったんだとその言葉にそう尋ねて。
それから、シズの問いに少しばかり考え込む素振りを見せた。
沈黙。重くはないけれど。

慌てる姿に、きちんと謝られたのだし、ずっとしょ気ているのも大人気ないかと、
前足で頭を一掻き、ため息一つをついてから、ルカに向き直り。

な？と、ふさり、尻尾を振った。

きょとんと目を瞬かせたミハウを一瞥して、イェジはケッと小さく吐き捨て。

きしし、と口端を吊り上げ。

　彼の言うもう一人、と行動を共にすることを断る理由はなかった。何せ、こちらから言い出したのだし。
　そうして無事に砂地を越えて、一度別れて、それから何度か練習試合をしたりして、今回、また同行することになった。
　妙に縁があるものだな、とは内心のこと。

　進攻の最中、二人の少年の内の一人——シズに話しかける。

　以前、話を聞いた、不思議なエンブリオについてのことを問う。
　言い振りからして、自分に分かることがあるなら、何かしら協力したい、とは思っているようで。

　彼の左手首に目を遣りながら、そう問うた。

じ、っと相手を見据える。 ゆっくり、順々に、そうして、剣を抜いた。

刀の鞘に持たれながら、地に腰を下ろした。

向こうの姿を認めるや、フィンヴェナハの足が止まる。

その視線は動く事無く一点、ノエルの立ち姿に注がれている。