【Before Grand=Guignol】


妹の声は美しかった。
しかし、妹が歌うと家の中のあらゆるもの—皿や花瓶、電球、果ては窓の硝子に至るまで—が宙を舞い、割れた。
ポルターガイスト《騒々しい幽霊》というものがあるらしいが、どうやら妹の声にはそれに似た力があるようだった。
そして妹は、歌うのが好きだった。

兄が20歳、妹が6歳の時、二人はついに家を追い出された。
正確に言えば、両親はもて余していた娘を森に捨てた。
兄は妹を探しに行き、森の中で一人で歌っている彼女を見つけた。
周りには、小鳥が何羽も落ちて死んでいた。
妹に声をかけた兄の前で、また一羽小鳥が上から落ちてきた。
彼は妹を連れ、そのまま故郷を離れた。


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二人は町から町へ渡り歩き、食べていくために大道芸をすることにした。
才があったのか、兄のジャグリングはそれなりの評判を得た。
ある時、二人はとある荘園の領主の屋敷で芸を披露することになった。
親族の集まる茶会での余興、だった。
兄のジャグリングで客がわいている間、妹は会場の隅で独り、手持ち無沙汰に佇んでいた。
その隣に招待客の一人、領主の親族らしい小太りの中年男が立った。



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……さっきからこの男、やたらとあたしにくっついている気がする。
気持ち悪い。
早く帰って、歌を歌いたいわ。
しばらく我慢していたけれど、足は痺れてきたし、男はますます調子に乗るし。
豚の腸詰めみたいな指をして、本当に気持ち悪いわ。
何でこんな目に遭わなきゃいけないのかしら？
腹が立つわ。やだ、腰に手を回さないでよ気持ち悪い。
とうとう我慢できなくなって、その男の顔面を額から唇まで、縦に思いきり引っ掻いてやった。

ああしまった念入りに尖らせてマニキュアをした爪が台無しだわ。
いやだわ気持ち悪い。

そう思って男の顔を見ると、お兄様のナイフが側頭部に突き刺さっていた。
お兄様はすごく怒った顔で、倒れる男を睨んでいた。



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それから茶会は大騒ぎで、衛兵達がお兄様とあたしを引きずっていって、気がついたら処刑台にいた。
大きな斧を持って皮袋のような仮面をした執行人が横にいて、ああ困ったわ、喉を斬られてしまったら、歌が歌えないわ。

ああでもどうかしら、喉が無事だったら大丈夫？

ああでもどうかしら、お兄様はあたしの首が胴から離れても一緒にいてくれるかしら？

歌が歌えなくなっても一緒にいてくれるかしら？

きっとそうよね、だって父様と母様があたしを捨てても一緒にいてくれたお兄様だものお兄様はいつも一緒だわあたしが何をしても笑って許してくれるしいつだってあたしを守ってくれるの母様があたしをぶった時もかばってくれたし後でぶたれた頬を撫でてくれたわそうすると痛いのがすぐに治るのよさっきだってそうよあの気持ち悪い男から守ってくれたわありがとうお兄様大好きよこれからもきっとずっと一緒よねそうよねお兄様ずっと「どん、」一緒よねだってお兄様はあたしのたった一人の家族だしあたしはお兄様のたった一人の家族だもの家族は一緒にいるものでしょうそうでしょうねえお兄様聞いてるのねえこっち向いてよあたしを見てよあたしはお兄様の妹なのよねえ何で返事しな「ごとん。」いのねえお兄様何だか赤いわお兄様ねえどうしたの顔が見えないわそれにねえどうして声が聞こえないわお兄様こっちを見てよそんなところで転がってどうしたのねえどうし「どん、」






「ごとん。」

少女はむくれた様子で相手を睨んだ。
何も言い返せない彼女の精一杯の抵抗らしい。

口の悪いウサギのぬいぐるみを見ると、興味深そうに近付いた。

少女は精一杯の愛想笑いを浮かべている。