８

　シエラさんが言っていた「黒ずくめのやつ」は確かにとても強くて、僕はというと必死で剣を振っていただけだった。大剣での斬撃は当たれば大きいが、当たらなければ隙を生む。しかも、当たらないことが少ないわけでは決して無い。

　振り抜いた大剣をあの小さな脇差しでずるりと受け流され、僕は慌てて距離を取ろうとするが上手くいかずにたたらを踏む。”黒ずくめ”の額には汗が光っていたが、それでも涼しげな視線が僕を射抜いた。きらりと視界の隅で光ったのは彼女の獲物だろうか——やられる、そう思った瞬間に高純度レーザーの放射される音が鼓膜を叩く。焼けつくような臭いと音を立てて足元の砂が大きく抉れ、”黒ずくめ”は舌打ちをして飛び下がった。

「助かった、セバスチャン！」

　僕が体勢を立て直すのと同時に、ジェームズ氏のエンブリオ（なのだろうか。言っていることはよくわからなかったが、彼女はジェームズ氏に対して非常に高圧的な態度をとっているように見えた）が動いた。力の塊のような光弾が撃ち出され、”黒ずくめ”の体を容赦なく打つ。よろめき、僅かな隙。ライセールと名乗った少女の足元で柔らかな砂がぞろりと蠢く。
　跳躍、斬撃。まるで気心の知れた友人と遊んでいるかのような殺意のかけらもない笑顔のまま、ライさんは”黒ずくめ”の体を抉る。

「——ま、待ってくださいぃっ……！」

　あんまりにも情けない声だったものだから、一瞬無意識のうちに自分が喋ったのかと思ったほどだった。それほどまでにあの強い”黒ずくめ”からはかけ離れた声だった。
　これで勘弁してください、と半泣きで財布から宝石を取り出す姿を、僕たちは唖然としながら見る。セバスチャンだけは何事か言いながら彼女の足の間に潜り込んで写真を撮っていた。犯罪ではないのだろうか。



「ええと……それじゃあ、きっとまた」

　”黒ずくめ”——トキサメという女性から盛大に金を巻き上げた後、互いに礼を言い合って、別々の道をゆく。別れ際に不思議な匂いのする食べ物を貰った。野菜を特殊なソースに漬け込んだ、ピクルスのようなものらしい。あとで食べてみようと思う。

自分の主人もそんな感じだな…、と少し重ね合わせて。

ふと話し方に違和感を感じて、目を細める。

滑り込んだその背中に、ぽふりと軽い感触。
正座で背中の上に収まり。

何事もなかったかのように会話を継続し。

近づいたせいで彼の声が更に大きく耳に響いた。ちょっとたじろぐ。

真っ直ぐに見られる視線に目を逸らすでもなく、ゆるりと見つめ返している。

カチリと何かが嵌る音。機械の駆動音。